放棄された山が輝き出す 「秘伝の森レシピ」で挑戦する新しい林業

西野文貴(写真左から2番目)は森林現場の技術を担当し、兄の西野友貴(写真左から3番目)は販売・事務を担当する。自社農場は4.5ヘクタールの広さを持ち、地域の障がい者雇用も行う。苗木栽培の担当者と。

人と自然の距離を、もう一度近づけるために──「経済」は、重要な回路となる。実は今、経済が自然へと、歩み寄りはじめている。「自然資本」という概念の台頭だ。自然資本とは、森林、水、土壌、大気、生物資源などを指し示す総称。人間の暮らしの基盤であるが、経済活動の礎ともなることから、近年になって、それらを新しい資本として扱う機運が、国際的に高まりつつある。
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この流れを大きく推し進めたのは、2022年12月に、国連の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」。それに呼応して日本政府は、23年3月に生物多様性に関する国家戦略を閣議決定した。9月には、国際組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が、自然資本の情報開示枠組みを公表予定。今や、気候変動への対策、脱炭素は当たり前。次は、自然資本の保護・回復へと、資本主義は舵を切っている。

はたして、こうした潮流は、暮らしの基盤にある水、土、空気を守ることへ、本当に繋がっていくのか。トップダウンのトレンドは、キーワードばかりが一人歩きし、形骸化する恐れもある。この機運を逃さないために、大事なのは、ボトムアップでの本質化だ。その担い手は、西野や春山のような、自然資本と正面から向き合う経営者となるだろう。

自然資本を消費するではなく、自然資本に貢献する。そうした経済活動を持続させる仕組みの模範解答は、まだ出されていない。新たなモデルが、求められている。
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英彦山の森づくりの基盤には、意欲的なモデルがある。YAMAPのポイント制度「DOMO(ドーモ)」だ。YAMAPのユーザーは、アプリの利用で貯まるDOMOをユーザー同士で贈り合える他に、どんぐりの苗と交換できる。どんぐりは、鎮守の森に欠かせない広葉樹の果実である。交換された苗は、林業に携わるヤマップのパートナー企業が、荒れ地となった山に植えてくれる。英彦山ではDOMOを介して、2万人以上のユーザーが森づくりに参加。これは、前述の吉野詣のように、かつての日本にあった「登山者が山を手入れし、育んでいく」文化モデルの復興であるという。

西野が里山ZERO BASEで目指すのも、森づくりを経済の中に位置づけるモデル化だ。

「35歳の私が体力的に山に登れて、元気に働けるのはあと30年くらいです。やりたいのは、森づくりが、ビジネスモデルとして成立することの証明なんです。成功させて、そのモデルを全国、世界の皆さんに、まねしてもらいたいんです」

環境経営のモデルは、アウトドア用品メーカー・パタゴニアがつくり続けてきた。同社は22年9月、創業家への全配当を環境保護に回すことを目的に、創業家が持つ全株式を新設の信託と、非営利団体に寄付すると発表した。創業者のイヴォン・シュイナードの言葉を借りれば、パタゴニアの経営は、「地球が唯一の株主」の体制へと移行した。環境経営の新たな地平を開くこのモデルに、世界は驚いた。

経済という土俵の上で、人と自然を結び直す──自然豊かな日本から、世界に誇れる新モデルは生まれるか。それは「新しい資本」の担い手たちの挑戦にかかっている。

参照
・宮脇昭著『森の力 植物生態学者の理論と実践』(講談社現代新書)
・一志治夫著『宮脇昭、果てなき闘い魂の森を行け』(集英社インターナショナル)

文=山本隆太郎 写真=エバレット・ケネディ・ブラウン

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