放棄された山が輝き出す 「秘伝の森レシピ」で挑戦する新しい林業

西野文貴(写真左から2番目)は森林現場の技術を担当し、兄の西野友貴(写真左から3番目)は販売・事務を担当する。自社農場は4.5ヘクタールの広さを持ち、地域の障がい者雇用も行う。苗木栽培の担当者と。

森をつくるのは誰か

日本には、災害に強い森づくりをリードできる主体がいない。戦後、スギ・ヒノキの経済林造成を林野庁が推進。現在も、林野庁の出す補助金を財源として、地域の森林組合がスギ・ヒノキを中心に植えている状況に変わりはない。
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林業の現場には、潜在自然植生に基づいた森づくりをするノウハウは、残念ながらない。あくまでスギ・ヒノキと向き合うことが、森林組合の主な仕事。スギ・ヒノキ以外の木々や植物、森づくりを知らなくとも仕事はできるため、林業の現場にはそうした知見は蓄積させていないのだ。

22年、林野庁は「国民参加の森林づくり」と題して、30年までに1億本を植樹する政策目標を掲げた。しかし、肝心の植える木の種類は未定である。

森づくりの発注側に明確なグランドデザインがなく、受注側には森づくりのノウハウがない。このままでは、受け身の森づくりが続いてしまう。受け身の森づくりをしていたのは、西野の家業も同じだった。主な収入源は、大手ゼネコンが街の緑化事業に使う苗木の納品。多重下請けが当たり前の、建設事業の最下流での商売。発注は景気に大きく左右され、売り上げは安定しない。一方、商品の苗木の成長は止められないため、発注がなければ、手塩にかけて育てた苗木も処分しなければいけない。
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「この形で事業を続けていても、ダメだと思いました」

家業に戻った西野は、苗木以外の商品開発に挑戦した。大手ゼネコンと組み、苗木を寄せ植えしたマット状の緑化システムを実用化。しかし、商品を変えても、発注を待つことに変わりはない。必要なのは、事業構造自体の転換だった。

「いい森づくりには、いい苗木づくりが必要だ」

その父の創業理念に間違いはなかった。だが、苗木の需要なしに、森はつくれない。西野は考案した里山ZERO BASEで、苗木を人々が手に取り、森をつくる機会をゼロからつくることに挑む。それは、受け身の森づくりから、主体的な森づくりへの大転換であった。
商品のひとつ「群集マット」はその地域の自然に応じた組み合わせで苗木を寄せ植えした25×25cmのもの。都市部の緑化などに使用されている。

商品のひとつ「群集マット」はその地域の自然に応じた組み合わせで苗木を寄せ植えした25×25cmのもの。都市部の緑化などに使用されている。

無から有を生み出す「秘伝の森のレシピ」

里山ZERO BASEでは、まず土地を買い取り、自ら拠点をもつ。構想を発表して以来「タダでいいので、引き取ってほしい」という問い合わせも多い。

産業利用できない荒れたスギ・ヒノキ林は、一般にはほぼ価値がない。しかし、植生調査を専門とする「森の設計士」西野なら、この森を復元できるという。

「宮脇方式が確立された70年代から、温暖化で平均気温は2度あがりました。昔のままのやり方で、必ずしも成功するとは限りません。模索と挑戦ですね」

師匠・宮脇が育んだ「秘伝の森のレシピ」を、西野は現代版にアレンジ。その土地本来の森を復元できる樹木の種類と割合を決めていく。いまは無価値の荒れた森林でも、百年単位で残る「本物の森」にできると、西野は自信満々だ。

既存の林業は売れる木だけを価値とし、森の産業活用一辺倒である。一方、西野が提唱する新しい林業「森林業」では、防災と産業活用を両立する。防災は、前述の通り、潜在自然植生に基づいた森づくりが鍵となる。産業活用のためには、木材に使える産業林を一部につくりつつ、山地災害を引き起こさない里山・奥山へと森をデザインする。今は何もない土地だが、森のレシピを駆使し、無からの価値創造に挑む。
西野の里山ZERO BASE構想にて、「里山」とは、人の住む住宅・田畑と管理を必要としない「奥山」との間で人と自然が共存する管理が必要な山林のことを指す。この里山を自然度高く保全し産業活用するのが目標だ。

西野の里山ZERO BASE構想にて、「里山」とは、人の住む住宅・田畑と管理を必要としない「奥山」との間で人と自然が共存する管理が必要な山林のことを指す。この里山を自然度高く保全し産業活用するのが目標だ。


林業の陥る補助金依存を避けるため、里山ZERO BASEでは「民間の資金」の流れをつくりにいく。立ち上げ期には、大手企業のCSR事業費を活用する。企業に提供する植樹プログラムの成果を、環境インパクト評価。樹木の二酸化炭素固定量などを算出して、インパクトレポートにまとめあげる。木材プロダクトのDtoC事業も始める予定だ。

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文=山本隆太郎 写真=エバレット・ケネディ・ブラウン

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