日本が世界で勝つための条件(3)──カネ 日本電産が強い理由は組織体制にある
スマイルカーブという製造業の付加価値分布図(下図)があります。日本企業で圧倒的に強いのは川上にある素材や装置産業です。
左の図は、「スマイルカーブ」と呼ばれる製造業の付加価値分布を表すグラフだ。製造業のバリューチェーンにおいては、付加価値は川上の研究開発や設計・部品または川下のサービス・販売などで高く、真ん中の製造・組み立てでは低くなるといわれる。営業利益率で見るとその差は明らかだ。総合電機メーカーはほとんどが真ん中に位置している。
液晶や半導体でいうと、半導体装置の東京エレクトロン、ディスプレイ用ガラスや電子部品のAGC、シリコーンの信越化学工業など専業メーカーです。素材や装置の専業メーカーはイノベーションの波に強いのが特徴で、エコシステムのポジショニングで成功しています。売り先が日本の総合電機メーカーから新興メーカーに代わっても売り続けることができて、優位性を保てます。
一方、製品ブランドはカーブの底辺に陥りやすい。総合電機メーカーが携帯電話、テレビ、パソコンでヒット商品を出してきましたが、これらはイノベーションの波にのみ込まれやすい。波にのまれやすいのは電機だけでなく、金融、メディア、物流、小売りなども、通信技術の進化によって大きな影響を受けています。象徴的な例がアマゾンの登場で社会構造そのものが変わったことです。
こうした環境の変化を前に、会社は生物のように脱皮をして新しい生体に変化する必要があります。そのためには経営者が変化を先読みして順応しなければならない。
経営とは、ヒト、モノ、カネの調達です。解決策は分業化だと考えています。シャープ時代に議論していたのは、「1兆円以上の規模の大企業だと、マネジメント体制が脆弱になる」という点でした。1兆円規模の事業をマネジメントできる人は社内にそういません。CFOや人事担当にとっても1兆円規模の財務や人事は難しい。
人間には、器、リズム、スピードがあり、個人差があります。器以上の仕事を任せてしまうことで何が起きるか。競争相手を自分の器のサイズで見てしまい、戦争で負けるのです。
2014年にシャープを退社した後、私は日本電産の永守重信社長に声がけいただき、永守さんの下で働きました。売上高2兆円に迫る規模をもちながら、日本電産はマネジメントで成功している。要因は、小さな事業の集合体だからです。精密小型モーターの日本電産は1984年から2022年の間に国内外68社のM&Aを行っています。
永守さんが未来を先読みして、戦略的に買収してすべて黒字化しています。通常、企業を買収すると、財務や人事部門を統合して効率化を図ります。しかし、前述したように会社の「器」が人間の能力を超えてしまい、実際にはコントロールが難しくなる。
日本電産の場合、買収した企業の組織をそのまま残している。1兆円規模のマネジメントはできなくても、1000億円規模であれば財務も人事もできる人はいます。
また、技術開発が大企業の縦割りのなかで埋もれることがなく、それぞれの企業体が人や資金を集めやすくなり、経営陣が環境の変化に順応しやすくなる。小さな単位でこそトップのリーダーシップは有効に働き、企業の器を大きくしながらトップのビジョン実現に向かって成功できる。日本電産の本部が全体を見ていますが、本部は総合メーカーに比べると小さいのです。
当然、多くの日本の経営者は「分社化」を考えています。しかし、人材の流動性がないため、社内で最適人材を探そうとする。そのため中途半端な分社化になりがちです。分業化を促進することは、強いオーナー経営者を多くつくることになるのです。