ビジネス

2023.01.03

日本電産を退社した片山幹雄の初告白。日本が勝つためのヒト・モノ・カネ

片山幹雄


「イノベーションの波」に経営者たちはどう向き合ったか


サティア・ナデラ


2014年よりMicrosoftのCEOを務め、数年で時価総額一位・最高益更新を実現。一時はITのモバイル化やクラウド化という技術革新の波に乗り遅れGAFAに遅れをとっていたが、ナデラは戦略をOSの支配からプラットフォームの支配に向け方向転換。あらゆるサービスのモバイル化とクラウド化を進めた。例えばマイクロソフト・アジュールの開発や、Officeのクラウド版製作である。また、各部門が競争する文化を「共感」に変え、全社で協力し合う気運を作った。

ティム・クック



2011年よりAppleのCEOに就任。この10年で同社を売り上げ・純利益共に3倍以上に押し上げた。クックはまず、製品ラインアップを拡充した。例えばスマートウォッチ市場での「Apple Watch」の成功は明らかだ。また各種デジタルサービスを開拓し、19年から「AppleTV+」などさまざまな月額サービスの提供を開始。このユーザー利用料によって、安定した収益を得られるようになった。環境保護活動や政治的活動に積極的に取り組む姿勢も話題を呼んでいる。

出井伸之



1995年、ソニー初の文系かつ生え抜きの社長に。ネットワークを介したハードウェアとコンテンツ(音楽、映画、ゲーム等)の融合を図った。PC「VAIO」やロボット「AIBO」、プレイステーション、So-net、ソニー銀行など、技術を活かしてエンタメ、ファイナンスなどとシナジーあるコングロマリットとしてのソニーの基礎を築いた。出井の先を見据えたビジョンは90年代には理解されなかったが、20年経ったいま花開き、21年にソニーの純利益は1兆円を超えた。

マイケル・デル



1984年に創業したデルは顧客の要望に合ったPCを組み立て届ける直接販売モデルで市場に革命を起こした。販売店が不要で販促費がかさまず、他社より2割程安く販売した。またサポートページなどサービスの充実も随一であった。2000年以降、アジア企業が安価なPCを販売したためサーバー・ストレージ事業等を追加し総合IT企業を目指す。ハードウェア以外のサービスを増やすため買収した企業は30以上。今後は顧客のデータ活用を支える事業展開を予定。

町田勝彦



1998年、シャープ社長に就任。松下電器やソニーといった企業に対抗して1位を狙うより、専門分野に力を入れる「オンリーワン経営」を掲げ、選択と集中を実践。就任中は、液晶テレビや太陽電池などの事業に力を入れ、同社の世界シェアを一位にすることに成功、3兆円企業に育て上げた。しかし、2007年に片山に社長交代する頃には液晶価格の下落、大画面のテレビの需要伸び悩みなどに苦しみ、「イノベーションの波」に飲み込まれる格好となった。

辻 晴雄



1986年シャープ社長に就任。前年のプラザ合意による円高不況を受け液晶を次世代の柱にすることを決断、世界に先駆け液晶ディスプレイ事業を立ち上げた。液晶の大型化、高画質化、フルカラー化などを進める一方、「液晶ビューカム」、携帯情報ツール「ザウルス」など画期的な商品開発も指揮、「液晶のシャープ」を築く。デバイス技術の向上と新商品とを密接に関連付けた市場創造型の技術開発戦略といえる。
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文=藤吉雅春 写真=浅田 創

この記事は 「Forbes JAPAN No.100 2022年12月号(2022/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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