日本人が知っておくべき細菌感染と諜報機関の世界

手嶋龍一氏(左)・佐藤優氏

コロナ禍がテーマのインテリジェンス小説には、果たして世界の地政学的地図が描かれていた──。

発売中のForbes JAPANで小説「チャイナ・トリガー」を連載中の手嶋龍一氏は、かつてNHKワシントン支局長として9・11同時多発テロに遭遇し、「11日間連続中継」を行ったことでも知られる外交ジャーナリストで、「インテリジェンス小説」のカテゴリーも創出した。このたび氏が上梓した『武漢コンフィデンシャル』の舞台は、新型コロナウイルスの「発生源」として世界を震え上がらせた武漢である。

この意欲作を、元外務省国際情報局主任分析官で世界の諜報システムに詳しく、とりわけロシア(旧ソ連)専門家としては一人者で「外務省のラスプーチン」とも呼ばれた佐藤優氏が読み解き、作家と語り合った。3部構成でお送りする。


コロナ禍最大のナゾに挑む「インテリジェンス小説」


佐藤優氏(以下、佐藤):国際社会に甚大なインパクトを与えたコロナ禍で最大のナゾとされてきたテーマに挑んだ『武漢コンフィデンシャル』をとても面白く拝読しました。

手嶋龍一氏(以下、手嶋):僕が初めて手がけた小説『ウルトラ・ダラー』を、近未来に生起する出来事をぴたりと言い当てた"本邦初のインテリジェンス小説"だと評価してくれたのが誰あろう佐藤優さんですから、有難く思います。

佐藤:手嶋さんがNHKから独立してフリーランスになって、日本に新たな"2つのジャンル"が誕生しました。ひとつが「インテリジェンス小説」。もうひとつが「外交ジャーナリスト」です。

真偽が定かでない冒険譚や体験談をウリにする「国際ジャーナリスト」なる肩書はありましたが、これに対して「外交ジャーナリスト」は国と国との関係性ややり取りを基礎に据えて国際的事件や国司政局を分析する。また、そうした視点が手嶋さんの「インテリジェンス小説」にも存分に反映されていますね。

手嶋 :「国際ジャーナリスト」は、英語に直訳すると"International Journalist"でしょうか。

佐藤:英語にすると座りが悪い気がしますね。


佐藤優氏

手嶋:率直に言えば、どうにもうさん臭い。欧米では使いませんね。

佐藤:そのうさん臭さが一昔前に国際ジャーナリストを名乗る人たちのウリだった。なんでもかんでもCIAの陰謀と結論づけたり、南米にナチスドイツがつくった秘密帝国が存在すると報じたり……。

手嶋:すべての金融事件は、GHQの戦後復興資金"M資金"が絡んでいるとか(苦笑)。ぼくもそうした陰謀論が通用した時代に仕事ができればどんなに楽だったか。

佐藤:いまはあっという間にGoogleで裏がとれる。怪しい陰謀論に頼るわけにはいきませんからね。

手嶋:NHKから独立した直後、僕のコメントを報じてくれるメディアの方々には「評論家という肩書きだけは勘弁して」とお願いしたんです。評論家は取材しないで原稿を書いても許されます。つい先ごろまで「政治評論家」と言えば、官邸の官房機密費をもらっている人たちを暗に意味していましたから。僕らジャーナリストは、まず現場の取材ありきでしょう。

佐藤:その姿勢が『武漢コンフィデンシャル』には活かされている。読者は、膨大な取材量に圧倒されたと思いますよ。

たとえば、和食の食材や料理の仕方について、とても詳しく調べて書いている。ふつうのジャーナリストは立ち入らない"ゴールデントライアングル"と呼ばれる中国、ラオス、タイ国境の山岳地帯にも足を運び、アメリカの極小の医療系インテリジェンス機関に分け入り、南米のアルゼンチンについても詳細な記述がある。ネタバレになるから深くは話しませんが、世界の各地を取材した跡が窺えます。
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