日本人が知っておくべき細菌感染と諜報機関の世界

手嶋龍一氏(左)・佐藤優氏


手嶋:そこは、バイオテロリズムに対応して"密やかな戦い"を続けてきたフォート・デトリック基地を避けて通れません。アメリカのバイオテロの戦いを掘り下げていくと、日本の731部隊の問題も書かざるをえなくなります。アメリカ政府は、731部隊はさほど大きな研究成果を上げなかったと見ている、そう指摘する日本の研究者もいます。占領期のアメリアのバイオテロリズム専門家は、731部隊にさして興味を示さなかったという研究論文もある。しかし、誰がそんなことを信じるものですか。

佐藤:その通りですね。731部隊に関しては青木富貴子さんの『731 石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』が詳しい。

手嶋:極東国際軍事裁判は、人道に対する罪を裁くことを大義名分に開かれました。ならば、細菌戦の人体実験に手を染めた731部隊の行為は、人道の名のもとに裁かれるべきでした。しかし、そこには、米ソ冷戦の影が黒々と落ちていました。米側の当局者は、ソ連に先駆けて731部隊の研究成果を入手したかった。その見返りとして石井中将らを免責する一種の司法取引をした疑いが濃い。ただ、アメリカ側もディールで手を汚したとは指弾されたくない。このため、日本の研究成果はさしたるものがないとして、731部隊を指揮した石井四郎中将を免責したと言われています。

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手嶋龍一氏

佐藤:負の歴史を知る点でも731部隊の下りは必読です。

負の歴史という文脈で言えば、小説の序盤に出てくる「カーブボール」。インテリジェンスに関心を持つ人なら「カーブボール」と言われれば、亡命イラク人のコードネームだとすぐに分かる。「カーブボール」は、亡命先のドイツの連邦情報局BNDに、イラクで移動式生物兵器の開発にたずさわったと語る。その情報がイギリス経由でアメリカにわたり、やがてイラクでの戦争に発展する。最終的には、ニセの情報だと明らかになり、インテリジェンスの歴史に汚点を残ってしまった。その全容が、インテリジェンスに詳しくない人にも分かりやすく書かれている。

私は常々、生物化学兵器について日本人はもっと関心を示すべきだと話しているんです。日本は世界ではじめて生物兵器によるテロの被害にあった国なんだから。

手嶋:オウム真理教の地下鉄サリン事件ですね。

佐藤:あのとき自衛隊は大宮から部隊を派遣したでしょう。大宮には、生物兵器、化学兵器の専門部隊が駐屯している。
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