『武漢コンフィデンシャル』はウクライナの戦争を読み解く鍵になる
佐藤:『武漢コンフィデンシャル』というタイトルだけを見ると、陰謀論小説か反中小説かと思ってしまう人もいるかもしれません。いまもSNSなどで一連のコロナ騒動を中国が仕掛けたのではないかと主張する人は少なくない。しかし『武漢コンフィデンシャル』の内容はまったく違う。
読み進めるうち、中国共産党の歴史、生物細菌兵器に対するアメリカの考え方などがすんなり理解できる。手嶋さんが交流を持つ各国のインテリジェンス・オフィサーの証言をもとにしているから、この物語に散りばめられた情報にはぐんと厚みがある。
面白かったのは、武漢のウイルス研究所とアメリカの連携にまで言及していることです。現実の世界でアメリカは生物化学兵器の研究・開発はしていないことになっている。実際にアメリカ国内では生物化学兵器の研究・開発は行っていないのでしょう。でも、国外だったらどうか。様々な選択肢がある。そこで武漢のウイルス研究所とアメリカのつながりが浮かび上がってくるのですね。
小説では触れていませんが、その問題は現在のロシアのウクライナ侵攻にもつながります。いまロシアがもっとも注目しているのが、ウクライナにある生物化学研究所なんですよ。ロシアはアメリアとウクライナが生物兵器を研究、開発していると主張している。その点でも『武漢コンフィデンシャル』は、ウクライナの戦争を読み解く鍵にもなる。
手嶋:そう言っていただけると著者冥利に尽きます。米ソが対立した、あの冷戦の時代に、アメリカ側だけが、ソビエト側だけが、生物化学兵器の研究・開発を手放しまったらどうなるか。相手が生物化学兵器を使ってくれば、対応する手段がなくなってしまう。だとすれば、なんとか抜け道を探すしかない。では、アメリカは、具体的にどのような形で生物化学兵器の研究、開発を維持してきたのか。ぜひ、ここのところを読んでいただきたいと思います。
大宮には、生物兵器・化学兵器の専門部隊が駐屯する
佐藤:日本に暮らすほとんどの人は生物化学兵器と聞いてもピンとこないかもしれません。でも本当は身近な存在なんです。手嶋さんや私の世代だと肩に種痘の跡が残っていますよね。
手嶋:はい。でも天然痘ウイルスが撲滅されたために、1976年から日本では種痘の接種は行われなくなりました。
佐藤:いまの若い世代は種痘という言葉すらも知らない。人類の英知で天然痘が封じ込めた結果だとも言えましょう。ただ、生物兵器として使用された場合は免疫がない若い世代にとっては脅威となる。いま世界的な注目を集めるサル痘にも通じる問題です。