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2022.06.27

普通は0点 スター・サイエンティストが育てる起業家新世代


冨田:今はゲノム配列(遺伝情報)に基づいた分子進化学というのがあります。ゲノム配列はデジタル情報なので、文字の比較や、その距離で、定量的に議論ができます。文字間がどのぐらい離れているかを通して進化の過程を知ることができるわけです。

でも生命進化は仮説が色々とあり、例えば、目がどのように進化してできたか、もっと言えば原始生命はどこでどのように誕生したのかはわかりませんし、実証できません。そもそも研究室内でゼロから生命を誕生させてみせた人が誰もいないので、はたして原始生命が地球上で生まれたのか、と疑問をもつ人すらいるぐらいです。

牧:ダーウィンの時代の研究は、今の社会科学と少し似ているように思えます。ガラパゴス諸島を観察してある仮説を提示した点などは、冨田さんの博士論文と似ていますよね。その鶴岡でのご経験から、冨田さんならば「実証はできないけれど、実証できたら面白い」という大胆な仮説を出せる気がします。エビデンスがゼロでもかまいませんので、実証できたら面白いと考える仮説はありませんか?

冨田:それならば、私がやってきたことでほかの人とちょっと違うこと、つまり、それをしてきたおかげで今があるかもしれない、と思っていることを語ればいいということですね? 

私が掲げてきた理念の一つに、「普通は0点」というものがあります。「普通」のことをやる人は世の中にいっぱいいるのだからそれは普通の人に任せて、僕たちは他の人がやらないこと、つまり普通ではないことをやろうということです。どこまでそれを実現できているかはさておき、とにかく22年間「普通は0点」と言い続けてきました。

例えば、研究計画のプレゼンテーションをした後に、「それ普通だよね」というコメントが出た場合は、それは「全否定」を意味するんですね。「それをやると確かに結果が出そう。でも、それ普通だよね」。つまり面白くない、ワクワクしない、ということです。

牧:そのお考えの源泉をたどりたいんですけれども、冨田さんは慶應義塾普通部(中学校)にいらしたとき、夏休みの自由研究でもユニークなことをされていますね。

冨田:中学生1年生の夏休みの自由研究ですね。「ポーカーの確率」という研究をしたのです。ひとりでポーカーを徹底的に5000回行って、どんな役ができるか、統計を取ったのです。考察では「ツーペアよりスリーカードの方ができにくい」という他愛もない結論でした。

先生に提出するときは、「自由研究にトランプゲームなんてふざけている」と怒られるかもと内心ドキドキしていました。それが思いのほか、担当の先生がめちゃくちゃ面白がってくれたのです。「冨田君はひとりでポーカーを5000回もやったのか!?」と。教員室中で話題になり、クラスで数人に送られる「優秀賞」をいただきました。

そして「どんなマニアックなことでも徹底的にやると、面白がってくれる人がいる」ということを知ったのです。それが科学者としての原点になりました。

この自由研究は世の中の何の役にも立たないでしょう。ただただ好きだったから、やり遂げたのです。徹底的にやると、感動してくれる人がいる。中途半端はダメです。5000回だったからよかったのだと思います。50回では「普通」ですからね(笑)。

牧:IABを作るとき、「普通は0点」を“組織の文化”に位置付けたのでしょうか。研究発表のときに「普通は0点」と言われたら、メンバーも否定的な意味であることをわかっているわけですよね。IAB創設時に外部からサイエンティストやファカルティ(教員)を引っ張ってくるとき、「普通は0点だからね」というと、ショックを受けて敬遠しそうな人もいそうですが、メンバーもそういった観点から選んだのですか?

冨田:肝心なのは、言い方でしょうね。いきなり「普通は0点」と言われれば、誰だって「0点は嫌だ」と思うでしょうが、「うちは普通なことはせず、面白いことしかやらないから」と言うと、みんな食いついてきますよ。これは面白そう、と。そうこうするうちに、自分もみんなも、普通のことをするのは「かっこ悪い」というふうになる。

「こういう順番で研究や実験をして確実に成果を出すべき」ということは言いません。普通ですから。失敗してもいいから普通じゃないことを応援したいのです。
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インタビュー=牧 兼充 写真=能仁広之

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