ビジネス

2022.06.27

普通は0点 スター・サイエンティストが育てる起業家新世代


牧:冨田さんは4つの博士号を取得しており、4つ目の博士号は「ソーシャル・サイエンティスト」としての博士です。私は、冨田さんがソーシャル・サイエンティストの博士号をゼロから目指したというよりも、もともと広げつつあった領域の延長上にそれがあったから取得した、と想像しています。サイエンティストの領域をソーシャル・サイエンティストにまで広げよう、と考えるようになったのはいつ頃ぐらいからでしょうか?

冨田:もともと自然科学・工学の研究をビジネス化する、あるいはベンチャーを立ち上げるといったことに興味がありました。「社会科学」の定義を起業にまで広げたのは、03年に「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(以下、HMT)」を立ち上げたときでしょうか。それをきっかけに、次々と鶴岡の若手の起業を応援するようになったのです。

研究者がプロジェクトの補助金を申請する場合は、その研究計画について書けばよいのですが、地方創生を実現するためには、“大きな絵”を描く必要ありますよね。

過去と現在の研究によってどのような結果が出たか。計画によりどのような未来になるか──。それも単に、現在一緒に仕事や研究をしている同僚や学生との関係だけではなく、いかに地元にサステナブル(持続可能)なエコシステム(生態系)を構築するかということなのです。

つまり、地元の人材を育成し、その人たちがまた帰ってきて活躍することで好循環が生まれることを意味しています。それは街づくりや人材育成につながります。そうした“大きな絵”を考えるのはやっぱり面白いですよ。

これは研究所にとってすごく重要だと考えています。特に、慶應義塾大学先端生命科学研究所(以下、IAB)は地元の自治体である山形県と鶴岡市からの支援が大きいですし、場所も東京から離れています。研究者本人のみならず、そのご家族が「鶴岡市が好き」と思えるよう、研究所での生活もワークライフ・バランスが取れた住みやすい環境にする必要がある、といった点も色々と考えました。

一般論ですが、東京一極集中の日本には、地方を“格下”に見ている傾向があると言っても過言ではないと思います。東京の人は地方に就職したがらない一方、地方の人は東京にどんどん集まってくるわけですよね。通勤のために電車に揺られて往復2時間かけて職場に通う、子育てがしにくいといったデメリットがあるにもかかわらずです。

もちろん、東京が好きという人がいるのは良いことです。私も東京生まれの東京育ちですし。しかし、東京一辺倒になる気風があるのはちょっとおかしいのではないか、と。その日本人マインドを是正するために、私に何ができるか。未来に向けて研究所を地方都市に設立するという“大きな絵”を描くときは、そういう日本人のマインドを変える必要があると思いました。

微力であっても自分にできることがある、もっと言えば、自分だからこそできることもあると。それを「社会科学」と呼ぶのであれば、これはこれで大好きですね。

牧:IABの所長に就任されてから起業や経営の領域にもご興味が広がり、さまざまな事業を多面的になさってきたということですね。

冨田:慶應義塾の塾長から研究所長に任命されたとき私は42歳でした。研究内容も採用人事も研究所の名前もゼロベースで考えろ、と言われたんですよ。42歳の私に新研究所の運営を丸投げした慶應義塾もある意味すごいですよね(笑)。断るという選択肢はありませんでしたので、全力を尽くしてチャレンジすることにしました。私は山形に縁もゆかりもなかったので、どうなることかと思いましたし、破れかぶれだったのかもしれないです(笑)。
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インタビュー=牧 兼充 写真=能仁広之

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