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2022.06.27

普通は0点 スター・サイエンティストが育てる起業家新世代


牧:創設する前、IABの成功確率は、何パーセントぐらいだと考えていましたか?10年以内に閉鎖されることを失敗だと仮定すると、10年もてば悪くないなといった感じでしょうか。

冨田:所長をやるようにと言われたのは、01年4月に開校する半年前でした。「新研究所の内容は冨田くんがゼロベースで青写真を考えろ」と言われました。研究所を地方に作るなら、東京の優等生と同じような研究をしてもダメだと思いました。“オンリーワン”でなくてはいけないので、「Data Driven Biology(データ・ドリブン・バイオロジー)」という看板を掲げました。

全国を駆け回り、「データ・ドリブン・バイオロジー」に共感してくれる人で、代謝工学や微生物、タンパク質工学、ゲノムの研究者に声をかけて集めてきたわけです。その時、私は42歳でした。

ゲノムやメタボローム(代謝物の総体)のデータを網羅的に計測して、そのデータからコンピュータを使って仮説を見つける。これは、「仮説をたてて検証する」という伝統的な生命科学の手法の“真逆”です。まずはモデル生物である「大腸菌」のデータを徹底的に測定することから始めました。

ところが初めての外部評価のとき、評価委員の某国立大学の大先生から「いまさら大腸菌の研究をやるのか?」と、厳しい評価を受けました。大腸菌は生命科学の基礎としては重要なモデル生物ではあることは認めつつも、「これから始める新しい研究として大腸菌は時代遅れではないか?」と言うのです。ヒトやマウスなどの哺乳類の細胞を使って免疫やガンなど、もっと医療に近い研究をすべきだ、と辛口の評価でした。

牧:それは強烈な評価ですね。

冨田:強烈です。でも「データ・ドリブン・バイオロジー」というパラダイムを確立しようとするとき、いきなりヒトの細胞だと複雑すぎます。その点、大腸菌はたぶん生物の中でいちばん理解しやすいのです。構造が単純だからというのもあるし、ゲノムも解析が終わっていて、それぞれの遺伝子の働きもかなりわかっている。コンピュータ上に生物の代謝を再現するとしたら、大腸菌がいちばんの近道なのです。

おそらく評価委員の大先生にはそういう発想を理解していただけなかったのでしょう。

その後も大先生は、「今すぐに大腸菌の研究をやめろとは言わないけれど、近い将来にもっと人の役に立つような研究に変えるべきだ」という評価は変わりませんでした。私は「そういう考えもあるでしょう。もし、そういう考えでやるのであれば、ぜひその方に所長になっていただいてやってください」と。

牧:言いますね(笑)。

冨田:いや、だって私が監督をやっているのに、フロントから「ピッチャーを変えるべきだ」とか言ってきているわけじゃないですか(笑)。それなら、あなたが監督やってくださいよ、という話ですよね。

IAB所長を任命されたとき、私は最初に常任理事(副塾長)にこうお願いしました。「所長に任命していただいたことは大変光栄ですが、任期をつけてください」。すると、「任期なんて言わず、できる限りがんばってくれ」と言うので、私は「いや、それは困ります。任期を決めてください。任期中は全力をつくしますし、任期終了時には所長継続か、打切りかを決めてください」と迫ったのです。

即答はできないと言われ、そして一週間後会った時に「とりあえず任期は5年だ」と言われました。

牧:逆に言うと、「5年間は外されない」という約束でもあるということですね。

冨田:そういうことですね。それで、「5年間任せてもらえるのですね?」と聞くと、「そうだ」と。「ということは、5年間は僕の好きなようにやっていいんですね?」と聞くと、「まあ、そうかな……?」みたいな感じで(笑)。これが重要なんですよ。つまり、任期をつけてもらったその5年間は、権限も与えられて好きなようにできる。

牧:なるほど。

冨田:そこで、いちばん最初のリクエストとして、殺風景だった田んぼの中にある研究所に「温泉を引いてください」とお願いしました。
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インタビュー=牧 兼充 写真=能仁広之

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