ビジネス

2022.06.27

普通は0点 スター・サイエンティストが育てる起業家新世代


牧:最初のリクエストが温泉ですか(笑)。常任理事から何といわれましたか?

冨田:「ふざけるな!」と(笑)。まあ、ふつうはそうですよね。日本人は真面目なので、研究所の中にレクリエーション施設があることはけしからん、と考えがちですが、欧米の大学や研究所は池のほとりにあったり、だだっ広い芝生や誰でも使えるテニスコートが6面あったりするのがふつうです。私が博士課程時代を過ごした米カーネギーメロン大学にもテニスコートや、室内プール、レストランやバーがあり、ゲームセンターまでありました。

そういうのをひっくるめてアカデミアなのです。日本人はそういうレジャー施設にお金を使うことに“罪悪感”をもつのでしょう。でもその罪悪感が日本のサイエンスを停滞させていると思います。サイエンスは楽しい気分でやらなくてはダメ。「今、日本のサイエンスに必要なのは、温泉なんです!」と本気でそう思っていましたから。結局、私もずいぶん妥協し、温泉ではなく、ジャグジーになりました。

牧:ジャグジーを作ってよかったと思いますか。

冨田:研究所の中に10人入れる大きなジャグジーがあることを見せると来訪客はみんなびっくりするんですよね。まず外国人客がびっくりして、「オレたちの国ではこんなのはないぞ」みたいに(笑)本当に驚かれる。IABで研究者の採用面接で鶴岡に来てもらった時、このジャグジーを見せます。

するとびっくりされて、「どうもこの研究所はふつうじゃない。この所長ならかなり突飛な提案をしても、とりあえず話は聞いてくれそうだ」というメッセージになるのです。だから、ジャクジーは作って本当によかったと思っています。

そしてついに18年には、源泉かけ流しの温泉露天風呂を完備した「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(ショウナイホテル スイデンテラス)」がオープンし、長年の夢が叶いました(笑)。

牧:ジャクジーから、来訪者にIABのユニークな組織文化が伝わりますよね。

冨田:それが「安心感」にもつながるのではないでしょうか。こういった組織文化から生まれる雰囲気も、NASAにさえできなかった人工クモ糸の研究を関山くんたちがやることにつながったのかもしれません。

次回、「日本の『未来の宝』を救出する選択肢としてのエコシステム」へ続く


牧 兼充◎早稲田大学ビジネススクール准教授。15年カリフォルニア大学サンディエゴ校にて、博士(経営学)を取得。慶應義塾大学助教・助手、カリフォルニア大学サンディエゴ校講師、スタンフォード大学リサーチアソシエイト、政策研究大学院大学助教授などを経て、17年より現職。カリフォルニア大学サンディエゴ校ビジネススクール客員准教授を兼務する。専門は、技術経営、アントレプレナーシップ、イノベーション、科学技術政策など。近著に「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」(単著、東洋経済新報社)、『東アジアのイノベーション』(共著、作品社)などがある。

冨田 勝◎慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)創設者兼所長。慶應義塾大学環境情報学部(SFC)教授のほか、慶應義塾大学医学部兼担教授も兼務する。米カーネギーメロン大学の助教授、慶應義塾大学国際センター副所長などを経て、2001年に慶應義塾大学先端生命科学研究所IABを創設し、所長に就任した。カーネギーメロン大学でコンピュータサイエンス、京都大学で工学、慶應義塾大学で医学と政策・メディアの博士号をそれぞれ取得。2017年06月には、メタボローム学会の創設と発展に顕著な貢献をしたことを理由に、日本人及びアジア人としては初めて国際メタボローム学会の終身名誉フェローを受賞。2021年10月、一般財団法人バイオインダストリー協会が主催する第5回「バイオインダストリー大賞」を受賞。

インタビュー=牧 兼充 写真=能仁広之

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