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2022.06.27 07:45

普通は0点 スター・サイエンティストが育てる起業家新世代


牧:大事なのは「邪魔をしない」ということですね?

冨田:そう、まさに邪魔しないということです。もちろん、研究の内容によっては「難しいからやめた方がいいかもしれない」と助言をすることはあります。IABの学生だった関山和秀くんがバイオ素材開発企業「スパイバー」を立ち上げるときも、大なり小なり、彼にそういうアドバイスはしています。

NASA(米航空宇宙局)やDARPA(米国防高等研究計画局)が何十億円かけてもできなかったことを、大学生が一からやって本当にできるのか、勝算はあるのかと。関山くんは、「成功する確率は50%」だと言ったんですよ。僕は10%ぐらいだと思う、と言ったんですけど(笑)。

関山くんは「できないかもしれないし、できるかもしれない。でもチャレンジしない理由がない」と言ったのですよ。これは名言ですね。確かに、成功確率がゼロでないのであれば、それを止める理由はどこにもありませんよね。その結果、空振りに終わったとしても、社会にとっても関山くん個人にとっても、得るものは大きく、決して無駄な挑戦ではありません。

牧:冨田さんが、鶴岡でIABを立ち上げたのも大きな挑戦だったと思います。うまくいかない、というようなこともきっと言われたことでしょう。

冨田:IAB設立1年目はたったの十数人で、田んぼのど真ん中から始めました。おっしゃる通り、複数の人に「冨田君がいくらがんばっても、山形県にあるうちはうまくいかないよ」とよく言われました。

しかし私は前々から、学問、研究、開発、企画、芸術といったクリエイティブ(創造的)な仕事は、自然豊かな地方でやる「べき」と思っていました。「でもできる」ではなく、「べき」ですね。欧米の先進国を見ても、いわゆる一流と呼ばれる大学はみんな田舎町にあります。英オックスフォード大学や米イエール大学も地方都市。シリコンバレーも何の変哲もない地方都市です。

首都圏に大学や研究所がひしめき合っているのは、先進国では日本ぐらいではないでしょうか。都会じゃないと学生や研究者が集まらないからという理由のようです。なぜでしょうか。人が多いほうがビジネスに便利だから、ということはあるでしょう。しかしアカデミアやサイエンスの場合はどうでしょう?

確かに30年くらい前であれば、大きな書店や図書館がないという学問上の致命的な理由から、地方では研究が容易ではなかったかもしれません。しかし今はインターネットの発達により、大都会と地方とで情報格差はほとんどありません。アマゾン・ドット・コムなどのeコマースを使えば、翌日には何でも届きますしね。

それと、地方の優位性としてまず「通勤時間」があります。往復2時間の通勤時間をかける人は地方にはほとんどいません。それから、「子育て」ですね。小さな子供がいる家庭にとって東京はいちばん子育てがしにくい街といわれていて、合計特殊出生率も47都道府県で最下位です。しかし自然豊かな地方での子育ては、情操教育的にも、ワークライフバランスという点でも圧倒的な優位性があるのではないでしょうか。

一般論ですが、日本人はみんなでブレインストーミングの合宿を行う時は、自然の多い閑静な場所へ行きますよね。那須とか伊豆とか。都会のビジネスホテルで合宿しても、なかなか良いアイデアが出ないことをみんな知っているからです。だから、リラックスできる場所で話し合おう、ということになるわけじゃないですか。それにもかかわらず、クリエイティブな仕事も大都会でやることの理由とは何なんだ、と(笑)。

根拠のない“東京ブランド”や“社会的ステータス”にも一因があるように思います。東京の新宿や丸の内にある高層ビルの大企業に、ネクタイを締めて、アタッシェケースをもって電車で通勤することは“社会的ステータス”だったのです。

帰省すれば親類に「立派な会社に勤めているのね」とほめられ、同窓会で友人に本社の場所を聞かれて、新宿や丸の内と言えば、「おお!」となる。でも、これは昭和時代のステータスであり、高度経済成長期の延長線上の思考ですよね。もう時代遅れだと思います。

このあたりの思考は、大学の選び方にも似ています。受験生は偏差値が高い大学をひたすら目指す風潮がありますが、中高生に「なぜその大学が第一志望なの?」と理由を問うと「偏差値が高いから」という答えが返ってきた。そして、難関校を目指す理由は何かと聞けば「入学するのが難しいから」と(笑)。

戦後長い間、そういう偏差値教育を受けてきたため、何のために勉強しているのか、自分の人生をどうしたいのか、といった物事の本質を考えなくなってしまいました。学生も会社員も日々の勉強や仕事で忙しいので、物事の本質を考える時間も機会もほとんどないと思います。それが日本を停滞させている大きな原因の一つのように私には思えます。
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インタビュー=牧 兼充 写真=能仁広之

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