清水ハン栄治監督にとって、初監督作品であり、3Dアニメの制作に携わることも初めてだった。また北朝鮮を舞台にしていることから、スポンサーも立ち消えるなど、自主制作の道へ。完成まで10年もの歳月がかかった。
その道のりは困難を極めたが、なぜ「分断」された北朝鮮の人権を題材に、アニメ映画を制作しようと思ったのだろうか。そして初めて尽くしの中で、どうやって実現したのだろうか。『TRUE NORTH』に込めた意図や思いを清水監督に聞いた。
──まず、音楽が効果的に使われており、映画の冒頭から引き込まれるようでした。
アニメ作品は音楽を大事にします。私は「一部をミュージカル調にできないか」と思い、80年代にヒット曲を手がけてきたミュージシャンのマシュー・ワイルダーさんに相談しました。ディズニー長編アニメ映画『ムーラン』(1998年)で音楽を手がけている彼です。私にはお金はないけれど、企画のメッセージ性に共感してもらい低予算で参画していただきました。
ディズニー映画では、主人公が活躍するそれぞれの土地や文化に合わせたオリジナル曲が作られています。『TRUE NORTH』では、北朝鮮おなじみの軍歌をモチーフにした曲など10曲以上を作ってもらいました。日本の童謡「赤とんぼ」と北朝鮮の民謡以外は全てオリジナルです。
『TRUE NORTH』のシーンから。真ん中が、主人公の少年ヨハン
──主人公のヨハン君は、在日コリアンで日本から北朝鮮へ渡った父親と引き離され、強制収容所に入れられた設定です。清水さんご自身やご家族のことを投影されていますか。
自分自身ではなく、一歩間違えば自分も辿ったであろう境遇を生きている人たちを投影しています。最初は脚本家を雇おうと思っていましたが、それでは独特な境遇にまつわる思いを作品に込めることができないと考えて、自分で書くことにしました。ですが、脚本を書くのも初めてで、かつ英語での執筆だったので、自分の持っている体験や知見を総動員して作り上げなくてはいけませんでした。
なかなか筆が進まない中、同じタイミングで別の脚本執筆で行き詰まっていた長編ドキュメンタリー「HAPPY」の仲間ロコ・べリッチ監督と、罰ゲームを設定したんです。私は19歳のとき、国際NGOで14人の学生ボランティアをしていて、その中には、ハリウッド監督になったクリストファー・ノーランもいました。
「彼のように大きなサクセスをした人と自分たちは何が違うのか」と。
彼は圧倒的な集中力で、作品を仕上げていくのです。そこでべリッチ監督と「2週間以内に長編作品の尺にあたる90ページ以上のシナリオ初稿を仕上げないと、KKKのような支援したくない団体に1000ドル寄付する」という取り決めをしました(笑) 自分の信念と真逆の団体を応援しなければならないということです。命が縮まるほどの緊張感の中、脚本は完成しました。