必要なのは、命を愛するための投資
また、ムヒカが反政府ゲリラとして闘った日々もリアルに振り返られている。かつて彼らが襲撃した銀行の前にムヒカが立ち、当時使用していた拳銃や自らが受けた銃弾の話などをするシーンは、この作品を単なる柔なヒューマンストーリーでは終わらせないという監督の深い演出意図も感じさせる。
クストリッツァ監督は、このドキュメンタリーを撮ろうとした理由を次のように語る。
「誰かに、トラクターを運転する大統領がいると教えられた。その姿を見て、次はこの映画を撮ると決めた。世界中で、彼だけが、腐敗していない唯一の政治家だと思ったのだ。『大多数に選ばれた者は、上流階級のようにではなく、大多数の人たちと同じように暮らさなければいけない』という彼の考え方にも動かされた」
左:エミール・クストリッツァ監督、右:ホセ・ムヒカ(C)CAPITAL INTELECTUAL S.A
確かに、作品中には、ムヒカの含蓄のある言葉や激動の人生のなかで培ってきた彼の確固とした考え方が散りばめられている。
「人類に必要なのは、命を愛するための投資だ。全人類のためになる活動は山ほどある。パタゴニアを人が住めるようにする。アタカマ砂漠に木を植えて、世界一乾いた砂漠の気候を変える。それは人間にもできる。金を貯め込んだり、高価な車を生産したりする代わりに」
全世界にも及ぶ、新型コロナウイルスの感染拡大とともに、隆盛を究めていたグローバル経済にストップがかかり、世界は新しいフェイズに入ったとも言われる。そのなかで、ホセ・ムヒカの生き方や考え方は、大きなヒントを私たちに与えてくれる。特に、この作品の終盤で語られ次のようなムヒカの発言は、心に響く。
「文化が変わらなければ、真の変化は起こらない。かつて我々は信じていた。社会主義はすぐに訪れるだろうと。だが、時を経るにつれ、思っていたよりはるかに難しいと悟った。文化的な問題を改善することは、物質的な問題より重要だ。資本主義をオモチャにしている人間とそれ以外の人間がいる。私のようなそれ以外の者は、資本主義では解決しない別の道を積極的に探さねばと、できることを模索している」
もちろん、この作品は新型コロナがこの世界に登場する前に撮られている。しかし、作品中で語られるムヒカの言葉は、ポスト・コロナの時代にも、実に有効なものとして、私たちには考えられるのではないだろうか。
*「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」◎配信期間:5月8日(金)〜9月1日(火)配信プラットフォーム:TSUTAYA、RakutenTV、ひかりTV、GYAO!ストア、DMM動画、ビデオマーケット、COCORO VIDEO、music.jp
連載:シネマ未来鏡
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