すると、一転、ムヒカの普段の生活に映像が切り替わる。30年来、大統領になってからも住み続ける農場のなかに建つ平屋の住宅。質素ではあるが緑に包まれた趣ある家の映像に、ムヒカの言葉が重なる。
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「自然には心から感謝する。神のような存在だと感じている。この地球も、鉱物や水素を擁する宇宙も。だが私たちが触れられる命は限られている。私を満たす、愛すべき命はね」
その家のなかで目覚めるムヒカ。かつて彼とともに反政府運動を闘い、いまも政治活動を続ける夫人は先に出かけていくが、やおら起き出し、ゆったりと着替えをする映像には、次のような言葉が加わる。
「シャワーを浴び、ヒゲを剃り、スーツを着る。大統領になった日に着たのと同じ服だ。クリーニングに出せば、新品と変わらない」
どんなときもネクタイをしない大統領
ホセ・ムヒカを世界的に有名にしたのは、2012年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」だ。彼はそこでのスピーチで、消費至上主義が環境危機を引き起こしているとし、経済の発展が必ずしも人類の幸福に結びついていないと憂い、より良い未来に向けて行動を起こしていかなければいけないと訴えた。
このスピーチが、瞬く間に世界へと広がり、ノーベル平和賞の候補にもなった。また、収入のほとんどを寄付に当て、大統領職の傍ら農業に勤しむという質素な生活ぶりから、「世界でいちばん貧しい大統領」と呼ばれるようにもなった。
クストリッツァ監督は、そのムヒカの軌跡と現在の生活を、冒頭の約5分間で手際よく語っていく。このあたり社会的視点を持ちつつも、斬新な映像でこれまで作品をつくり続けてきた監督の面目躍如たるところだ。
そして、作品は、国民によって圧倒的な祝福が捧げられる大統領退任の日に時間軸を置きながら、反政府ゲリラのリーダーとして闘った日々からこの日までのムヒカの軌跡を、関係者の証言を交えながら、詳細に描いていく。
かつてムヒカたち政治犯が収監されていた刑務所跡を訪れるシーンは印象的だ。いまは建物がすっかりリニューアルされ、ブランド店も入るショッピングセンターに入っていくと、ムヒカは人々から歓迎を受け、スマホのカメラが一斉に向けられる。そこでムヒカは言う。
「革新は時には害になる。例えば携帯電話にカメラを付けるというアイデア。おかげでいつも足止めを食わされる。撮影が終わるまで、ずっとその場でね。携帯電話は人の創造力を刺激し、色んな機能が付けられた。私も年を取り、前立腺に問題を抱えている。携帯電話にトイレを付けてほしい」
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物質文明に対する鋭い言葉を放ちながら、ジョークも交えるムヒカは、いつもフランクで、自らを飾ることはない。例えば、ウルグアイ大統領として式典に出席するときも、ローマ教皇やオバマ大統領に会うときも、ムヒカはネクタイをすることはない。
大統領退任の日も、トレードマークでもある青い小さな旧式のフォルクスワーゲンに乗って式典会場へと向かう。その先々で人々の熱い感謝の言葉が、彼に対して降り注ぐ。このシーンも、彼の庶民的で、誰にでも笑顔で接する人懐っこさを表していて、印象深い。
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