食肉をペットボトルでつくる世界 「人工肉」は暮らしをどう変えるか

(左から)インテグリカルチャーCCO 田中啓太、CEO 羽生雄毅、CTO 川島一公

動物を殺さずに、人間が「肉」を手がける時代がもうすぐやってくる──。

森林破壊の原因の70%を占めるなど、環境に大きな負荷をかけている現在の食料生産。いままで通りの生産を続けることは、このままでは不可能だといわれている。そこで新たな希望として注目されるのが、「人工肉」だ。

世界でもまだ参入企業が多くない中、東アジアで唯一、人工肉の培養に取り組むのが「インテグリカルチャー」。2018年4月にリアルテックファンドや北野宏明(ソニーコンピューターサイエンス研究所代表取締役社長)に出資を受けたシードベンチャーで、「カルネットシステム(還流共培養方式での大規模汎用細胞培養システム)」が人工肉の生産コストを大幅に低下させる技術として注目されている。

SFの漫画や小説でしか見たことのなかった「人工肉」は、いまどの程度実現しているのか。また、それによってもたらされる私たちの「食の未来」とは。同社CEOの羽生雄毅、CCO(チーフ・カルチャー・オフィサー)の田中啓太に聞いた。

細胞と細胞を掛け合わせて「肉のような」人工肉を培養する

──まず、「人工肉」とは何なのでしょうか。

田中:シンプルに言えば、動物から採取した細胞を培養し、食べられるようにしたものです。アメリカのメンフィスミートではすでに実現していて、3年前の時点で200gあたり約2800万円での製造が可能です。なので、いまの大きな課題はコストダウンですね。

──その値段では購入できませんね……。では、インテグリカルチャー独自の技術である「カルネットシステム」はどういうものなのですか。

田中:CTO川島一公が開発した、培養液を循環させながら、動物から採取した細胞を組み合わせて培養する仕組み。「還流共培養」とも呼ばれています。例えば、異なる臓器の細胞をかけあわせて、レバーのもととなる肝臓の細胞を増殖させる。組み合わせ次第でいろいろな細胞を大量に安くつくることができます。

既存の人工肉は一つの細胞を増やして生産されるので、完成するのはひき肉のような白い塊。食べることはできますが、味や食感の改善はこれからです。

──ひとつの細胞からではなく、複数の細胞が組み合わさった人工肉をつくるということですね。

田中:はい。現状、他社が開発している人工肉は、スーパーマーケットで見る食肉のように繊維化していません。また、血管も通っていないので基本的には真っ白です。そこに後から色の成分を乗せる検討がされています。

カルネットシステムでは、「血管」をつくるための因子を組み上げることもできます。肉に血管が通っていないと、分厚い状態を維持できないので、ステーキを作ることはできないんですよ。サシに当たる脂肪細胞を組み込むことも可能です。このようにカルネットシステムでは複数の種類の細胞から構成される既存の肉に極めて近い味、食感の人工肉をつくれるのが一つのメリットです。

羽生:もう一つのメリットは、コストダウン。カルネットシステムの技術で将来大規模プラントをつくることができれば、1kgあたり200円で人工肉を生産できます。人工肉の培養に使う「成長因子(特定の細胞を育てたり分化させたりするタンパク質)」はかなり高価で、これが人工肉作製の高コストの要因でした。

しかし、細胞培養ではこれを細胞同士の組み合わせでつくることができるので、ほぼノーコスト。もちろん、まだ海外でも最大で25Lタンクでの培養程度までしか実現していないので、大規模なプラントでの生産には時間が必要ですが。

──実現すればコストが10分の1以下になりますね。お話を聞いていると、なんだかiPS細胞に近い話だと思いました。

田中:おっしゃる通りで、細胞培養は肉づくりと再生医療の両分野を支える技術です。人間の細胞を扱うのか動物の細胞を扱うのかといった違いしかありません。実際、再生医療分野で世界的に有名な東京女子医大とも共同研究を行なっています。

──今後の収益化としては、やはりカルネットシステムを活用した人工肉の販売を目指すのでしょうか。

田中:すぐに人工肉を商品化するのは難しいですね。まずはサプリメントやコスメの原材料、その次に商業用のプラントでサプリや食品を生産するつもりです。カルネットシステムの細胞から栄養素を抽出するというプロセスは、これまでのサプリよりも身体から自然に栄養が生まれるのに近いプロセスです。なので人間にとってより自然かつ効果的な成分が組み合わさったサプリをつくれるはず。

その後、2026年頃に「デザイナーミート」を販売するつもりです。これは細胞培養で生まれる新しい加工肉で、現在は魚類の油脂を配合した神戸牛など高付加価値な肉も想定しています。
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文=野口直希 写真=菅野 祐二

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