テクノロジー

2018.08.02 12:00

食肉をペットボトルでつくる世界 「人工肉」は暮らしをどう変えるか



「家庭で個人が肉をつくる未来はそう遠くない」とCEO羽生雄毅

──そもそも、なぜ人工肉を手掛けようと思ったのでしょうか。


羽生: SF作品に出てくる世界を実現したかったんです。3歳くらいからずっとSFが好きで、それをきっかけに大学ではナノテクノロジーを専攻し、新卒で東芝の電池周りのシステムの開発部署に入りました。最近は個人でVRにもはまっています。

火星開発なんかもやってみたいのですが、現時点ではまだ難しそうですね。とはいえ将来的には人工肉で宇宙開発の食料問題にも貢献したいと思っています。ロケットの打ち上げはいかに積荷を少なくするかがカギなので、船内で培養できるデザインミートは宇宙食にも適しています。さらに将来的には、宇宙で人工肉を培養する「宇宙農業」にも挑戦してみたい。それができれば次は外の銀河系にも進出してみたいし、やりたいことは無限にありますね。

──宇宙農業……!人工肉には、かなり大きなスケールでの可能性が秘められていますね。これまでの開発で、「いまSF世界に近づいている!」という手応えを感じた瞬間はありましたか。

羽生:特定の瞬間というよりは、日々の積み重ねがまさにそうですね。いま僕たちがやっているのは、より良い組み合わせを探すために細胞を掛け合わせるという地道な作業。これもSFに登場する実験みたいですよね。ですが、一番グッときたのは、ペットボトルのスポーツドリンクで培養に成功した時です。

──ペットボトルドリンクで人工肉をつくれるんですか!?

田中:実は人工肉の培地は、アミノ酸やグルコースなどスポーツドリンクとかなり成分が近いんです。

羽生:将来的には一家に一台培養キットがあって、気が向いたら自分で肉を生産できれば、かなりSFっぽくないですか?

──羽生さんは有志団体「Shojinmeat Project」にも携わっていらっしゃいます。こちらでは人工肉の作り方などあらゆる技術をニコニコ動画やYouTubeで公開されていますよね。インテグリカルチャーの利益化を妨げることにもつながりそうですが……。

羽生:もともとShojinmeatがリバネスから資金調達し、スピンオフしたのがインテグリカルチャーです。大雑把に言えば、インテグリカルチャーが商業向け、Shojinmeatは個人向け。

Shojinmeatではメンバーが自宅で人工肉を培養したり、活動報告の同人誌をコミックマーケットなどで売ったりして細胞培養の民主化を目指しています。一方で、インテグリカルチャーは人工肉生産の産業化を目指しています。

遺伝子組み換え技術など、大企業が技術を独占したため、特定少数の利益が優先されて揉めてしまい、技術の活用の幅が狭くなってしまったケースはたくさんあります。オープンソースはそうした事態を避けるため。また、業界全体が活性化した方が、中長期的にはうちにとってもプラスになると考えています。

栄養をとって終わりのキューブ食では味気ない

──「食の未来」がどう変わるのかを教えてください。マクロ面での人工肉の価値は、動物の殺傷や森林の破壊が少ないなどの環境面での持続可能性にあると思います。環境面について、今後の食分野の課題はどのような点にあるのでしょうか。

羽生:やはり一番は、「いまの食事を維持できるか」だと思います。牛肉がわかりやすい例ですが、私たちの食事は資源を食いつぶすことで成り立っています。牛丼1杯にかかる水や土地、運送費、エネルギーをいかに減らすか。こうした普段の食事をつくるための資源量を減らすことが重要になるはずです。

田中:環境問題についても、食糧生産は森林破壊の7割、温室効果ガス排出要因の18%に相当すると言われていますし、人口増加による食糧難に備えて国連では昆虫食を推奨しています。

人工肉はこれに貢献できる技術ですね。わかりやすい例では動物を飼育しなくても培養するためのプラントがあればいいので、ビルの一室で肉を生産できる。大幅にスペースを節約できます。
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文=野口直希 写真=菅野 祐二

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