先駆者であっても競争に勝てるとは限らないのがビジネスの世界だ。時代に取り残されないために、リビングストンは将来を見据えた大胆な賭けに出た。それが、チャットボットの導入とWeChatとの提携だ。15年初め、株式の一部を譲渡するIT企業20社をリストアップした。候補の一番手はWeChatを開発したテンセントだった。
フェイスブック・メッセンジャーの月間アクティブユーザーは8億人だ。その凄さは、リビングストンも認めざるをえない。
「メッセージアプリは、新たな競争の時代に入ったんだ。つまり、それは『ライバルにもチャンスがある』ということ」
ウォータールーでひっそり暮らしているとはいえ、外部との接触を完全に断てるわけではない。14年初め、フェイスブックの初期投資家として有名なピーター・ティールがマーク・ザッカーバーグとのランチをセッティングしたいと連絡してきた。ところが、彼はその誘いを断っている。
「ちょっと怖気づいちゃってね」と、彼は笑みを浮かべながら肩をすくめた。
その数週間後、ザッカーバーグはワッツアップの創業者ジャン・コウムと会った。そして、ワッツアップを160億ドルで買収した。
ワッツアップは16年1月、企業の取り込みに本腰を入れると発表。ザッカーバーグの助言がなければ、ワッツアップはここまでこられなかっただろう。
メッセージアプリの競争という新たな時代の到来で、大企業はスタートアップが開発したクールで興味深いチャットボットに照準を合わせている。こうしたチャットボットは、グーグルにとって大きな脅威になる可能性がある。ユーザーがチャットボットに「今日の天気は?」「こんなシャツはどこで売っているの?」とチャットを始めるかもしれないのだ。
キックの課題は、ボットが人間以上にユーザーに満足感を与えられるかどうかだ。ユーザーに「ボット=スパム」という印象が強ければ、ボットは苦戦を強いられるだろう。リスクと向き合いつついかに役立てられるか、検証する必要がある。
考えてもみてほしい。QRコードをスキャンし、親指認証で支払いを済ませれば、給仕がドリンクを持ってくるのだ。
リビングストンが、ニヤリと笑う。「チャットするだけで、世界を動かしているみたいな気分になれる。あまりにも簡単だから、“魔法”みたいでしょ?」