キャリア・教育

2025.04.01 14:15

英語ノンネイティブの不利を伝えたゼレンスキー英語と「日本人のための7カ条」

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AIにはまだ頼れない

近頃、AIが英語の会議で通訳を担うことができるという話を耳にすることが増えた。しかし、実際のビジネスの現場では、「まだまだ重要な会議には使えない」というのが実感である。

AIは文法的に正しい訳を作るが、ビジネス交渉では『何をどう伝えるべきか』という文脈が重要になる。AIはこの文脈を理解せず、直訳を行うため、交渉の意図が正しく伝わらないリスクがある。

具体的には、AIは以下のような個別の交渉に不可欠な情報を持っていない。

• その交渉の目的
• 何を実現しようとしているのか
• これまでの交渉の経緯
• 交渉成立のための判断基準

さらに、AIは言葉の意味を本質的に理解しているわけではなく、確率的に単語やフレーズを選択しているに過ぎない。そのため、解釈が難しいリクエストに対しては、独自の判断で辻褄を合わせ、頻出表現を組み合わせて「適当に」訳出してしまうことがある。

その結果、AI翻訳がブラックボックス化し、当事者の意図とは全く異なる解釈で交渉が進んでしまうリスクが生じる。両方の言語を理解し、AIの翻訳の妥当性を判断できる人がいない場合、交渉におけるリスクは非常に高い。

英語は共通語でもある一方、不平等でもある

ゼレンスキー氏は、世界にアピールするための共通語として英語を使ったであろうが、英語のネイティブスピーカーとノンネイティブスピーカーの間にある力の不平等を浮き彫りにした。

実際、英語のノンネイティブスピーカーが、英語で仕事をする際に、以下のような困難を感じることが多い。

• 自分の意図を十分に表現できないことへの苛立ち
• 英語が得意な人と比べたときの不利であるという不安
• 気づかないうちに誤解を招くリスクの高さ

この課題を克服しようと、英語力をつける努力をしても、短期間で大きな効果を得るのは難しい。たとえ長期的に学習を続けたとしても、母語と同じように英語を使えるようになることは、多くの人にとってほぼ不可能な目標である。

現代のグローバル社会では、英語が世界の共通語として広く使われている。特に、異文化の人々が集まる国際会議では、ノンネイティブスピーカーもわかりやすい、シンプルな英語を使おうとする意識が広まりつつある。しかし、それでも真剣勝負の交渉の場では、英語力の差が影響を及ぼすことが少なくない。

一方、英語力は生まれ育った国、教育環境、家庭環境などによって、格差が大きい。能力や努力の反映である以上に、偶然が影響をおよぼす。その一方で、英語を母語とする人の中には、「英語はどこでも通じて当たり前」「英語力が弱いのは努力不足」と無意識のうちに思い込んでいる人もいる。

英語は世界の共通語として広く使われている。しかし、話す人の背景によって大きな格差がある。それでも英語を使わざるを得ない現実を受け入れた上で、どう対応するかを考えることが重要だ。英語を取り巻く不平等を理解し、そのリスクを冷静に見極めることが求められる。

ゼレンスキー氏とトランプ氏の会談は、そのことを改めて考えさせる出来事だった。

 瀧野みゆき(たきの・みゆき)◎社会言語学者。東京生まれ、慶應義塾大学文学部卒。2016年、英国・サウサンプトン大学応用言語学博士。アップルコンピュータなどで仕事で英語を使う経験を重ねた後、イギリスに16年在住、その間イギリスの英語教授法等を学ぶ。現在は東京大学教養学部、慶應義塾大学ビジネス・スクールなどで、社会や仕事で「使うための英語」を教える。MBA Marketing/MA International Studies(米国・ペンシルベニア大学)、MA Management of Language Learning(英国・グリニッジ大学)、PhD Applied Linguistics(英国・サウサンプトン大学)。社会言語学者として、「共通語としての英語=ELF」を専門とする。

『使うための英語―ELF(世界の共通語)として学ぶ』(瀧野みゆき著、中公新書)
使うための英語―ELF(世界の共通語)として学ぶ』(瀧野みゆき著、中公新書)

文=瀧野みゆき 編集=石井節子

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