英語ノンネイティブスピーカーとしての課題
こうした難しい要因が複雑に影響して、この会談では微妙なコミュニケーションが必要であった。その結果、今までの友好的な会談では表面化しなかった、ゼレンスキー氏の英語に関する課題が以下のように浮き彫りになったのである。
a.英語の直接的な表現による誤解
ゼレンスキー氏にその意図はなかった可能性が高いにもかかわらず、彼の発言の一部はやや礼に欠ける、あるいは攻撃的にさえ聞こえた。
たとえば、ゼレンスキー氏は「ウクライナだけでなく、西側のすべての国家がロシアの脅威にさらされている、アメリカも例外ではない」と言おうとした。
この時の「断定的」な表現が、「アメリカの将来について口出しするな」とトランプの強い反発を引き起こした。
First of all, during the war, everybody has problems, even you. But you have a nice ocean and don’t feel now. But you will feel it in the future.
まず、この戦争では全員が問題を抱えています、アメリカさえもです。アメリカは素晴らしい海があるから、今は(その問題を)感じていない。しかし、将来感じることになるのです。
もし、「アメリカも、将来ロシアの脅威にさらされる可能性を排除できない」など、外交的な表現を使えば、その直後のトランプ氏の感情的な反論は招かなかったかもしれない。
一般に、外国語を使う際には、間接的で外交的な表現に慣れていない、あるいは適切な表現を知らないため、より直接的な言い方になりがちである。その結果、聞き手が母語話者としての英語の感覚で受け取ると、場をわきまえない、あるいは攻撃的な発言と誤解されたりすることがある。
b.微妙なニュアンスが伝わらない問題
ゼレンスキー氏の発言は、細かいニュアンスが欠けることがあった。たとえば、アメリカの支援に対する謝意が足りないと批判された際、「何度も言っています。今日さえも」と返答したが、その表現は非常にそっけなく聞こえた。
もし、もう少し丁寧な言い回しで感謝の気持ちを伝えていれば、その後の「謝意の有無」をめぐる感情的な対立は和らいでいたかもしれない。外国語を使う際には、細かなニュアンスを伝えることが難しく、意図しない誤解を招くことがある。
c.単語の誤用による誤解(「costume」の例)
記者から「なぜスーツを着ていないのか」と非難めいた質問を受けた際、ゼレンスキー氏は「戦争が終わったら costume を着る」と返答した。この発言について、ウクライナ語では costume が「スーツ」を意味することが後に報道で解説された。しかし、深刻な会談では、その答えが軽々しく聞こえ、誤解を招いた。
英語の単語が他の言語では異なる意味を持つことは、日本語にもよくある。こうした違いは、意図しない誤解を生む要因となり得る。
d.英語を使うプレッシャー
ゼレンスキー氏にとって、この会見でトランプ氏と並び、記者の質問に対応すること自体が非常に厳しい状況だった。さらに、英語という外国語を使うプレッシャーが、精神的な負担を一層大きくしていた。
トランプ氏の発言内容を正確に理解し、矢継ぎ早に飛んでくる記者の質問に臨機応変に対応することは、英語が母語であっても高度なスキルが求められる。ましてや、外国語として英語を使う場面では、納得しがたい発言が飛び交う中で冷静さを保つのは、さらに難しくなる。結果として、ゼレンスキー氏は感情のコントロールが次第に困難になっていったようだ。
もし通訳を介していれば、英語を使う負担が軽減されるだけでなく、考える時間的な余裕も生まれ、プレッシャーを和らげられた可能性がある。もちろん、根本的な対立がある難しい会談だったし、アメリカ側の表現も強引であった。通訳を入れても、力関係や目的の違いが交渉結果を左右した可能性は高いが、カメラの前での感情的な口論は回避できたかもしれない。