クイーンのフレディ・マーキュリーの半生に焦点を当てた「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年)の大ヒット以来、大物アーティストを主人公とした音楽映画が立て続けにつくられてきた。
世界的ポップスターであるエルトン・ジョンの苦悩を取り上げた「ロケットマン」(2019年)、ロックンロールの帝王エルヴィス・プレスリーの42歳の短い生涯を描いた「エルヴィス」(2022年)、レゲエの先駆者ボブ・マーリーの軌跡をクローズアップした「ボブ・マーリー:ONE LOVE」(2024年)など印象に残る作品も多い。
いずれの作品もクオリティの高いものであったし、「二匹目のどじょう」を狙ったわけではないとは思うが、それぞれのアーティストの音楽での「基礎票」があるためか、企画としても成立しやすかったのではないかとも考えられる。
映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」(以下「名もなき者」と表記)も、そのような大物ミュージシャンの1人であるボブ・ディランを主人公とした作品だ。近年の音楽映画の流れにあっては、「真打ち登場」という感じもなくはない。
ボブ・ディランの映画は、これまでも何本かつくられてきた。
代表的な作品としては、2005年にマーティン・スコセッシ監督によって発表された自伝的ドキュメンタリー「ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム」、そしてクリスチャン・ベールやケイト・ブランシェットなど6人の俳優が彼の半生を演じた異色の作品「アイム・ノット・ゼア」(2007年)などがある。
今回の「名もなき者」では、デビュー前の1961年から、フォークソングの革命児となり、やがてロックへと舵を切っていく若き日のボブ・ディランの5年間が、虚実を交えながら描かれている。
5年かけてディランに成り切る
「名もなき者」は、ボブ・ディラン(ティモシー・シャラメ)がアメリカ中西部のミネソタ州からはるばるニューヨークまでヒッチハイクでやってくるところから始まる。敬愛するフォークシンガーのウディ・ガスリーに会うためだ。

ボブ・ディラン(ティモシー・シャラメ)はミネソタからやってきてニューヨークで歌い始める ©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.