「市場至上主義」の限界
藤吉:よく「格差」という言葉が使われるんですが、阿部さんの話をうかがっていると、確かにこれは「偏在」と呼ぶべきものだと納得できました。「格差」というのは、あくまで個人間の比較ですが、「偏在」というと、社会全体のシステムが生んだ“歪み”というニュアンスがありますよね。
阿部:そうです。とくに今、世界的に起きている偏在は、我々が信奉してきた「市場至上主義」というシステムがもたらした歪みということになります。
市場って、将来起こるであろうことを見越して、その予測が価格に組み込まれるじゃないですか。そのメカニズムが便利だったから、この30年放置されたともいえます。
藤吉:どういう意味ですか?
阿部:今の市場主義の“原点”を辿っていくと、世界初の株式会社とされる東インド会社(1602年設立)に行き着きます。株式会社ですから当然、資本を出す人がいたはずで、株価があったはずなんです。それを市場でトレードしようとなったときに、将来、東インド会社が生み出す利益まで見込んだ値段がつくようになった。
これが今に繋がる市場のメカニズムの原点です。やがて巨大な株式市場が形成され、株価の上昇が、その国の経済の発展と結びつくようになった──。
藤吉:なるほど。
阿部:この「市場至上主義」の恩恵を最も享受したのがアメリカです。各国の企業の成長率は、その国の株式市場の年率の平均リターンで比較することができますが、この30年に限るとアメリカ株の年率のリターンは約9%という驚異的な伸びを示しています。対して日本株の場合は、約2%にすぎません。
藤吉:日本においては「失われた30年」だったわけですね。
阿部:日本はずっとデフレでしたからね。ただ、そのおかげでアメリカほど「富の偏在」が進まなかったのも確かです。
ちなみに、これは「世界トップ22カ国の年金資産の規模」を円グラフにしたものですが、実に64%がアメリカの年金なんです。このうち約5割が株で運用されていて、さらにその6割が年率9%で伸びてきたアメリカ株です。だから、アメリカはものすごく豊かになった。
一方で「市場至上主義」のシステムが行き着くところまで行った結果、企業が収益を求めるタームは極限まで短期化し、我々の日常生活の様々な場面で弊害が現れてきています。
藤吉:「収益を求めるタームが短期化する」とはどういう意味でしょうか。
阿部:わかりやすいのは、今年1月にアラスカ航空のボーイング機のドアが飛行中に落下する事故がありましたよね。これまでだったら、まず考えられないような事故です。その原因を突き詰めると、旅客機の受注競争においてライバルの後塵を拝して苦境に陥った航空機メーカーが何とか利益を確保するために人員を削減し、その中に熟練工も多く含まれていたということだと思います。
企業業績を上げ、株価を維持することに血眼になった経営者が、本来であれば乗客の命を預かる航空機のメーカーとしては絶対にコストカットしてはいけない部分に手をつけてしまった結果、事故が起きたという構図です。
藤吉:残すべきだった技術者を切ってしまったんですね。
阿部:そう。近代以降の人類の歴史において、あまりにうまく行き過ぎた「市場至上主義」というシステムの弊害といえます。そうである以上、この歪みを是正できるような“新たな仕組み”が出来上がってくるんじゃないかというのが僕の考えです。