なぜトランプが受け入れられたのか?
阿部:そういう教義を信奉していたはずの国で、トランプが出てきたんですね。僕はニューヨークにいた頃、トランプタワーにも何回も行きましたが、当時のトランプは、ある種のアメリカンドリームの体現者として、テレビなんかには出ていたけど、「彼を大統領にしよう」と考えるアメリカ人はまずいなかったはずです。ところが、あれよあれよという間にトランプが大統領になった。さらに驚くのは、報じられるところによると今や彼は司法当局から4つの事件で起訴され、90以上の罪に問われているわけです。
アメリカという国の仕組みにおいて最も公正であることが求められるはずの大統領選挙という場で、こういう人物が候補者になり、再び大統領になるかもしれない──この現実は、僕の知っていたアメリカとはまったく異なります。
藤吉:なぜトランプがアメリカで受け入れられたんでしょうか。
阿部:要は「法の下の公正」というアメリカ最大の教義が揺らいだからだと思います。では、どういうときにそれが揺らぐのか。僕は「富の分配」が歪(いびつ)になったときに揺らぐんじゃないかと考えています。その実例は歴史上いくつもあって、例えばフランス革命だって、貧困と食糧難でパンさえ買えなくなった庶民の抗議行動が最初のきっかけでした。
1%の超富裕層が総資産の3割以上を“独占”
阿部:これはアメリカの超富裕層(所得で上位1%)と貧困層(所得で下位50%)が、アメリカの所得全体のそれぞれ何%を占めているかを示したグラフです。1975年ごろは、超富裕層が所得全体の10%超、貧困層が20%超程度を占めていますが、1990年代後半になるとそれぞれが占める割合は逆転しています。今では、わずか1%の超富裕層がアメリカの所得全体の20%以上を占めています。逆に下位50%が占める割合は20%から10%程度にまで下がってしまった。預貯金など資産の総額で見れば、アメリカの資産総額の実に35%を1%の超富裕層が“独占”しています。「富の偏在」が拡大している状況です。
藤吉:急速に「富の偏在」が拡大していく過程では何があったんですか?
阿部:戦後、アメリカが工業化を推し進めて、世界の経済の覇権がイギリスからアメリカへと移っていく時期と重なっています。具体的にはイギリスから自動車産業を移管して、アメリカで車を量産したわけです。
その後、自動車産業など製造業は日本、さらには中国へと移管され、アメリカはその後、ソフトウェアの開発などに大きく舵を切りました。“川下”の製造業を切り捨てて、“川上”の付加価値の部分をきっちり押さえることで、世界経済の覇権を握り続けたんです。
藤吉:「GAFA」などの台頭はその象徴ですね。
阿部:「GAFA」って全部、携帯電話のアプリケーションのディベロッパーですよね。
僕がスパークスを創業した1989年当時、世界に携帯電話は1個もなかった。それから40年余りたった今では世界中で70億台が所有されているわけだから、これはものすごい変化です。GAFAはその携帯に載せるソフトを開発してサービスの形態を変えたけど、このビジネスは収益力との対比で見ると雇用をほとんど創出しません。いわばデフレ時代のビジネスなんです。