「非合理」が「合理的」になるとき
阿部:そういうソフト路線を推し進めた結果として、アメリカでは製造業は壊滅し、一部の超富裕層だけが豊かになったんです。富の偏在のレベルは、先ほども見た通り、過去最大の水準に達していると言えます。日本や中国など他の国でもその傾向は強いのですが、アメリカは群を抜いています。以前だったら革命が起こるレベルです。徐々に蓄積された貧困層の不満のエネルギーが投票行動という形で一気に現れたのが「トランプ現象」だったと思います。
藤吉:皮肉なのは、このグラフでいえば所得で下位50%の貧困層が、トランプを支持していることですよね。トランプは上位1%の側の人間で、かつ法を犯した可能性の高い人間なのに……。
阿部:結局、今、トランプを支持している人たちは、これまで「法の下の公正」というアメリカの教義を信じてずっとやってきたのに、いつの間にか自分たちだけが苦しい生活を送っていることに気付いたわけです。「これはおかしいだろ」と思った人たちの数は、超富裕層の1%よりはるかに多い。だから選挙でひっくり返ったんです。
藤吉:ヨーロッパ各国でも右派が議席を拡大してますよね。イギリスのEU離脱だって、突き詰めると「移民に仕事を奪われる」というロジックですし……。
阿部:冷静に考えれば、〈移民が増える→EU離脱〉というロジックが合理的でないことは明らかなんだけど、有権者の半分以上が自分の置かれた現状を「これはおかしい」と考えるようになると、この理屈が通っちゃう。非合理が合理的になっちゃうんですね。
「富の偏在」を解消する方法はあるのか?
阿部:一方で、富の偏在が極端になりすぎた結果、“革命”が起きたという意味では、トランプ現象もまた過去の歴史で起きたことと同じ、とも言えます。例えば明治維新にしても、富の偏在がひとつの引き金になった側面があります。ものの本を読むと、幕末期は各藩とも相当財政が痛んでいたそうです。ですから明治政府が打ち出した版籍奉還や廃藩置県という地方の為政者(藩)から統治権を取り上げる政策も、意外とすんなり受け入れられた。財政の逼迫ぶりに地方の藩主たちが音を上げて、新政府に「後はお願いします」と託した側面もあるんですよね。
藤吉:面白いですね。ポピュリズムの議論になったときに、我々はどうしても「なんでトランプみたいなヤツを受け入れたのか?」とキャラクターで批評しがちなんですけど、実はどういう層が富を握っているのかという国としての“ベース”の問題が大きいんですね。
阿部:そう思います。
藤吉:次の大統領が誰になるにせよ、この行き過ぎた富の偏在を解消するには、この下位50%の所得をいかに上げるかという難しい課題を抱えることになりますよね。
阿部:そこがアメリカの新たなチャレンジになると思います。政府がこの偏在を是正するには、税制をいじるしかないんだけど、やり過ぎると超富裕層が逃げちゃいますから。
だとすると、雇用を増やすしかないけど、これも難しい。というのも、アメリカにおいては雇用を支えるべき製造業が壊滅してしまっているからです。例えばこれは、GDPに対して製造業の生産額が占める割合を日・米・中で比較したグラフです。
藤吉:トレンドとしては日米とも年々減少していますが、直近だと日本は23%ぐらいなのに対して、アメリカは15%を割り込んでしまってますね。
阿部:その影響をもろに受けたのが「ラスト・ベルト(錆びた工業地帯)」と呼ばれるかつて製造業で栄えたエリアに住む人たち。トランプ支持層とも重なっている彼らが大統領選のカギを握っているという構図ですが、もう少し視野を広げると「富の偏在」による歪(ゆが)みを是正しようとするものすごく大きなエネルギーが働いているわけです。