“失われた30年”を乗り越えた日本企業の「中から変わる力」

阿部修平 スパークス・アセット・マネジメント株式会社代表

「100年企業」の“変わる力”

阿部:結局、どんなに時代が変わっても核心的な技術は、職人技の世界ということなんですよ。例えばペンタックスというカメラのレンズを作る会社があります。そこの人が言ってたんですが、望遠レンズ用のレンズというのは、機械では磨けないそうです。ちゃんとガラスを磨く専門の職人がいる。そのルーツはというと、戦時中から潜水艦の潜望鏡を磨く技術にまで遡るのだとか。
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藤吉:ペンタックスは創業1919年ですから、まさに「100年企業」の強みですね。

阿部:僕はそういう100年企業が、どうやって生き残ってきたのか、に興味があるんです。僕が昔、担当していた会社でいうと「富士フイルム」もそうです。もとは文字通り、フィルムの会社でしたが、この業界にはかつてコダックというスーパーカンパニーが君臨していました。富士はその足元にも及ばず、細々とVTRのテープなんかを作っていたんです。

ところがその巨大なコダックが先に潰れて、生き残ったのは富士だった。それも、今ではフィルムの売上は全体の5%にも満たず、化粧品やら医療機器などの分野に進出しています。いったいどっから化粧品が出てきたのか、不思議ですよね(笑)。
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僕は日本の組織特有の「中から変わる力」が働いたんじゃないかと思っているんです。

藤吉:「変わる力」って面白いですね。それも「中から」なんですね。

阿部:これがアメリカであれば、変える人は「外から」連れてくるんです。あるいはビジネススクールなどで体系的に「変える」ためのトレーニングをする。

ところが日本の組織の場合は、組織が本当に危機に陥ったとき、「中から」変える人が出てくるんです。明治維新にしても、最初のきっかけは「黒船」という外圧でしたが、坂本龍馬とか西郷隆盛とか、日本を「中から」変えられる人が出てきたから、最終的にうまくいったんだと思うんです。

100年企業のシステムが「人」を生む

藤吉:日本型組織に、そういうメカニズムが組み込まれているということですか?

阿部:恐らくそうじゃないか、と僕は考えています。100年生き残る企業というのは、いい時と悪い時があったとして、悪い時をしのぎながら、いい時に一気に伸びる。そういう大事なタイミングで、ちゃんと「変える」人が出てくるシステムを作っているんです。

トヨタでいえば、トヨタ生産システムがそのひとつの例ですよね。

藤吉:トヨタの場合、08年のリーマンショックで71年ぶりの連結営業赤字に転落した後、09年に豊田章男さんが社長になっていますね。

阿部:僕らは企業を見るとき、企業の実質的成長率を表す数字として〝リターン・オン・エクイティ(ROE:自己資本利益率。株主資本に対してどれだけの利益を上げたか、を示す指標)〟に注目します。章男さんが社長になってから、トヨタのROEは平均で11%を維持しています。

その結果、どうなったか。就任当時、約11兆円だったトヨタの時価総額は、今では約51兆円になっています(24年3月時点)。15年で40兆円、こちらもROE同様に平均11%で価値を増やし続けたといえます。

もちろん彼の個人的手腕によるところも大きいわけですが、やっぱりトヨタの組織の中の本質的な強さを形にしていったのだと思います。コロナ禍で相当需要が減って、トヨタの販売台数はマイナス15%──これはリーマンショックのときと同じ水準です──まで落ち込んだのに、赤字にはならず利益はちゃんと確保している。システムを改善しながら、損益分岐点を低くすることを継続的にやってきた経営力の成果だと思います。

藤吉:これまで日本型組織というのは、環境の変化に応じて変われないことが弱点とされてきましたが、実は必要に迫られると、したたかに変わる力があるんですね。

阿部:僕らはいつも投資家として、そうやって「中から」ダイナミックに変質する力がある、潜在的に実質成長力を高めることができる企業を探しています。実際、今、「100年企業」の中で面白いトップ経営者が生まれてきているところがいくつかあります。

これまで「古いだけ」と敬遠されてきた鳴かず飛ばずの「100年企業」が、これから世界的な大きなトレンド転換を迎えたときにどう変わっていくのか。そういう企業の株価は今、割安に放置されているので、投資家としてはこれからが面白い時代だと思います。

text by Hidenori Ito/ photograph by Kei Onaka

連載

市場の波をつかむ12の方法 スパークス代表・阿部修平×Forbes JAPAN 編集長・藤吉雅春

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