豊田章一郎の「ものすごい一言」
阿部:それで僕はプラザ合意について報じたニュースを見ながら、章一郎さんに「これからどんどん円が高くなったら、たまったものではないですね」と言ったんです。新米アナリストが知ったふりをして(笑)。そうしたら、章一郎さんは穏やかな調子で「こんなことはこれまでも何度もあったよ」と仰ったんです。藤吉:それは、すごい言葉ですね。
阿部:そうなんですよ。当時は僕もあまりピンと来てなかったんだけど、今、考えるとものすごい一言ですよね。藤吉さんの言う通り、この章一郎さんの言葉というのは、今の章男さんの行動様式にも引き継がれているんだな、という印象を受けるんです。
例えば東日本大震災のとき、製造業のサプライチェーンがズタズタになって、さらにすごい円高になったんですね。そのとき章男さんは東北から撤退するんじゃなくて、逆に東北で雇用と生産を増やして、「年間生産台数300万台を死守する」と言ったんです。そこを死守しないと日本の自動車産業のプラットフォームを維持できない、と。当時はこの姿勢に懐疑的な声もあったけど、結果的に彼の言ってたことは正しかったんですよね。
藤吉:異常値が出たときにブレないんですね。
阿部:円高だろうと災害があろうと、お客さんが満足できる一定レベルのものを作り続けなきゃいけない、という使命感があるからブレない。これはトヨタに限ったことじゃなくて、僕がこの何十年もアナリストとして、日本で最も成功し続けている企業経営者たちの行動様式や考え方をフォローして気付いた共通点でもあります。
「時計をつくる人になれ」
藤吉:メディアでは、企業というものは、その時々の環境の変化に迅速に対応して動いていくのが大事だという論調が支配的ですよね。阿部:実際にアメリカのビジネススクールではそう習うわけです。環境の変化に対応して、常に最大の収益性を追求すべし、と。でも成功し続けている企業はみな、それとは別に独自の時間軸で動いているように見えます。
藤吉:ジム・コリンズ(アメリカの経営思想家)が長寿企業の特質を探った『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の法則』の中で「時を告げる予言者になるな。時計をつくる設計者になれ」と書いてますよね。
つまり、ビジョナリー(先見性のある)で成功し続けている企業の創業者というのは、必ずしも「時を告げる」(=時代を変える)アイデアを持ったカリスマ経営者ではない。彼らがやったことは、「時計を作る」、つまりどんな時代でも企業の基本理念を正しく継承しながら、進歩を促すような仕組みを作ったんだ、と。これは先ほどの章一郎さんの話にも通じるものがあります。
阿部:だから、やっぱり「消長と波」なんですよ。目に見えている時代のトレンドの向こうに何を見るか。今の日本でいえばデフレと円安という異常なトレンドがずっと続いているわけです。異常が普通の状態になっているんだけど、そういうときは必ずどこかで「新しい異常」が起きている。
例えば、今で言えば日米の異常な価格差もそのひとつです。日本ではラーメン1杯は1000円程度だけど、ニューヨークではこれが6000円になっている。まさにバブル時代の日本とアメリカと逆の現象が起きているわけです。だとすると、これは近いうちに「周期」が来るぞと投資家としての僕は考えるわけです。そういう感覚はやっぱり、あのプラザ合意のときの章一郎さんの言葉が養ってくれたような気がします。
藤吉:一周回って、きれいに「周期」の話に繋がりました(笑)。ありがとうございました。