ミラノと丹後の出逢いから考える「インバウンド以降」の日本

(c)Ken Anzai

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繊維は世界中どこにでもある素材で、自然環境や文化・習慣の違いによって微妙に異なった生地がつくられてきましたが、ことは常に「機織り中」なのです。お互いの出逢いがあることで、ここからまた新しい世界観が誕生する予感を狙っています。

くり返しますが、C&Cミラノの社長は全幅の確信があって展示に踏み切ったのではありません。しかし蓋を開けてみたら、予想以上の訪問者の数と賞賛の言葉の数々です。トップレベルの日刊紙でも紹介されました。こうなると、今ある障害をどう具体的に乗り越えられるかという発想に変わります。前進に賭けたことで獲得できたことが多かったと彼は感じたようです。
今回、多くの人たちが展示に関心をもってくれたのは、純粋に丹後の生地を素晴らしいと思う人たちがいた、ミラノデザインウィーク自体がパンデミック以前レベルの動員数に戻りつつある等に加え、いくつかの他の要因が絡まっていると思います。

まず、日本という国への関心が高まっているタイミングが一時的な「追い風」になっています。ウクライナや中国、中東の地政学的に不安定な状況からくる騒がしさから、日本が距離的にも国際政治的にも「孤高」に見えます。もともと日本のアートの作家から工業製品に至るまで、それらの表現からは静けさを感じることが多いですが、その静けさと「地政学的に静かに見える」ことが重なっているという解釈はあり得るでしょう。

2つ目は、クラフトへの注目度の高まりです。大量工業製品や大量生産体制への嫌悪感がクラフトに傾倒する背を押します。かといって厭世的である、というわけでもありません。前述した言葉を使えば「質的な中庸」に対する関心です。それを分かりやすく見せてくれるのが、テキスタイルやセラミックという素材です。

3つ目は、生産から消費・廃棄までを通貫するサーキュラーエコノミーの実現との道程からすると、繊維は食と並んで大いに改善すべしと認識されており、しかも人々が意識してコミットしやすい領域です。これらの要因がC&Cミラノの展示への高評価を後押ししたと思います。
(c)Ken Anzai

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C&Cミラノは市場でトップレイヤーに属するテキスタイルを販売しています。しかも、固定の客層はかなり時代の匂いに敏感な人たちです。また今回の展示では、常連客だけでなく、デザインウィーク中の数多くの展示を渡り歩く人たちも多く来場しました。

そうした来場者の振る舞いや表情、感想に触れて、C&Cミラノの社長のエマヌエレ・カステッリーニが本プロジェクトの当初に語っていた言葉が思い出されました。「丹後には今までとは違ったラグジュアリーの姿を感じさせる」。新しい方向に舵をきりつつある社会と、一見、時代に遅れをとったとみられる丹後のあり方が実は矢印が重なるのです。

前澤さん、いわゆる温故知新とか懐古趣味とは違うところで丹後の再評価があり得ると思いました。インバウンドは大事で、それはそれで促進する手助けをしていきたい。ただ、それだけに集約されない道を探ることも欧州側にいる我々のやるべきことだと考えています。別の言葉でいえば、インバウンド以降をどう構想するか。これを新ラグジュアリーの文脈で考えるに必要な道筋など、思いつくことがあれば教えてください。
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文=安西洋之(前半)・前澤知美(後半)

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