譚仔三哥チェーンが香港人に支持される理由
実を言うと筆者は、譚仔三哥が2年前に新宿にオープンした直後に店を訪ねている。当時から店には日本人客もいたが、アジア系の外国人客が多い印象で、行列ができる人気店となっていた。ただそのとき、筆者が疑問に思ったのは、辛さとは無縁の広東料理がベースの香港人に、スパイシーなスープの味は合うのだろうか、また雲南由来の米線(ライスヌードル)がどうして香港の人気チェーンなのか、という2つのことだった。
筆者は、幼麺と呼ばれるゴワゴワでコシの強い極細小麦麺を使い、醤油ベースのエビワンタン麺こそが香港ヌードルの代表であると思い込んでいたからだ。それは筆者の好物でもあり、香港に行くと、必ず2回や3回はエビワンタン麺ばかり食べていた。
ところが、最近知り合ったある京都在住の若い香港人の女性に聞くと、香港にいたとき、譚仔三哥は週に1度は通うほど好きだったという。彼女は東京に来ると、必ず譚仔三哥の恵比寿店に足を運ぶそうだ。
譚仔三哥に対する2つの疑問は、タムジャイインターナショナル株式会社の会長兼最高経営責任者のDaren Lau(劉達民)氏の話を聞いて、解消した。
譚仔三哥チェーンの創業者は中国湖南省出身の譚ファミリーだ。一族は1960年代に文化大革命の混乱を逃れ、広州経由で香港に移住する。現在の譚仔三哥の原型になる「譚仔雲南米線」という家族経営のライスヌードル店を開いたのが1996年のことだった。
料理の辛さで知られる湖南省出身の彼らは、トウガラシの利いたスープは米線に合うと考えたのだという。雲南や四川、湖南など中国西南部の味覚からインスピレーションを得たスパイシーで切れのいいスープは、当時の香港の人たちにとっては斬新だった。
その後、2008年に創業メンバーのひとりであるタム・チャップ・クワン氏が「譚仔三哥米線(タムジャイサムゴーミーシェン)」をチェーンとして立ち上げた。「譚仔三哥米線」の「譚」は創業者の家名、「仔」は息子、「三哥」とは3番目の兄という意味。つまり店名は「譚家の三男の店」ということだ。
劉氏によると、譚仔三哥のライスヌードルが香港人に支持された理由は2つあるという。
1つは、先に述べたとおり、これまで香港にはなかったスパイシーなスープだったことだ。そしてもう1つは、かつて香港で主流だった伝統的なストリートフード、個人経営が主体で味もまちまちだった(それ自体は魅力であるけれど)カートヌードル(Cart noodle)の世界から進化して、チェーン化することで均質な味とサービスの標準化を徹底、どこでも同じおいしさが味わえる安心感にあったのだという。
飲食チェーンの歴史が長い日本からすれば、その説明は当たり前すぎてピンとこないものだったが、次の劉氏の説明でなるほどと思った。
「スパイスの刺激やサービスの標準化は、中国返還が決まった1990年代以降の変化のスピードが早く、ストレスフルな香港社会を生きる人たちのライフスタイルやテイストにマッチしたのです」
譚仔三哥は香港の新世代に支持された人気チェーンだったのである。