ゲイツ財団の革新性と効果的利他主義
奨学金志向が日本の特殊性だと述べたように、海外では様相が異なっている。規模や大学の状況が異なることもあるが、主要な企業や起業家の財団で、自国向けの奨学金のみを行っている団体は見当たらない。NPOや研究への助成が、主な支援内容となっている。先進的なひとつの事例を紹介したい。マイクロソフト共同創業者であるビル・ゲイツらが設立したビル&メリンダ・ゲイツ財団(以下、ゲイツ財団)だ。ゲイツ財団は設立当初から、健康・飢餓・貧困といったグローバルヘルスに軸足を置いている。
世界にIT革命をもたらしたビル・ゲイツは、フィランソロピーにおいても革新的だった。ゲイツ財団の特筆すべき点は、社会貢献活動の定量化を重んじていることにある。マイクロソフト時代から成果の可視化を重んじていた彼らしい取り組みだ。ゲイツ財団は社会課題の多くを計測・可視化し、解決のアプローチを戦略的に考え抜いたうえで、団体を選び抜いて寄付し、それによって高い効果をあげている。いわば「寄付のROI(リターン・オン・インベストメント)」を考えたのだ。こうした考えは、今日の先進的なフィランソロピストの多くに浸透している。彼らの好むフレーズは「1ドルあたりどれくらい良くなったのか?」というものだ。
ゲイツ財団のように、エビデンスと理性を用いて、効果的に世界をよりよい場所にしようとする動きは、「効果的利他主義」と呼ばれている。英国発の運動だがビジネスセクターとの相性がよく、シリコンバレーの経営者たちからも高い評価を得た。ビル・ゲイツも代表的な賛同者のひとりだ。
効果的利他主義は、従来のフィランソロピーが共感的・衝動的に動いていたことを批判し、より合理的・計画的に活動することを目指している。活動そのものを評価するのではなく、それによって生まれた結果を評価する。行動が高貴で美しいかよりも、いかに効果的であるかを重視する。徹底した結果主義だ。
効果的利他主義を追求すると、どのようなフィランソロピーが見えてくるだろうか。ひとつの到達として、英国のギブ・ウェルという団体を紹介したい。ギブ・ウェルはエビデンスをもとにした科学的調査によって、世界で最も寄付を効果的に扱う団体を発見した。彼らは選び抜いた4団体をトップ・チャリティと呼んでいる。
トップ・チャリティに選ばれた団体のひとつは、マラリアの予防を行うマラリア・コンソーシアムだ。同団体に寄付すれば、平均5000ドルで一人の命が救えるという。日本円に直せば70万円になる。ふたつ目は同じくマラリア予防のアゲインスト・マラリア財団で、こちらは1人あたり80万円。ほかにビタミンAサプリメントや、小児ワクチンの団体があがっている。
科学的調査によって、最も効果的に人の命が救える活動を特定し、「1人あたり70万円」というコスパを明らかにする。これは冷徹に響くだろうか、それとも情熱的に響くだろうか。
私たちが何かしらの問題を解決したくて寄付をするのなら、そこにコストパフォーマンスというフレームワークを持ち込むのは必然かもしれない。しかしその数値化と比較から、違和感を受け取る人もいるだろう。効果的利他主義へのスタンスは、賛否が分かれやすい。この効果的利他主義という運動について、もう少し深く考えてみたい。