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2024.02.01 09:30

ペイパルの成功は「従業員の幸福が第一」の理念から

日下部博一
シュルマンを際立たせていたのは、全従業員に対して、会社が提供する仕事が幸せな未来を得る機会をもたらしているかを、早くから組織的に調査していたことだ。回答の多くが「そうでもない」というものだった。シュルマンは2年前、米国の世帯の3分の2がすべての請求書の支払いに苦慮しており、貯蓄や投資に回す自由裁量の金はわずかか全くない、という記事を読んだと話した。そして、平均世帯収入の購買力が1989年と比べて1%弱しか上がっていないことを知ったという。その通りだ。1980年以降、賃金は横ばいか下がっている。2008年の金融危機以来、増加した所得の91%は上位1%の所得者のものだ。

その結果、多くの世帯がますます負債を抱え、あえいでいる。家族を養い、支払いをするためには借金をしなければならず、多くの人は赤字を出しながらなんとかしのいでいる。

シュルマンは自分がこの問題の一端を担っているかどうかを知りたかった。ペイパルの従業員に詳細な調査を実施したところ、入社して間もない従業員の3分の2が、交通費や家賃、医療費、育児費、食費を支払った後、経済的にぎりぎりの暮らしを送っていることが判明した。

この調査結果を受けて、ペイパルは報酬体系を一新した。基本給を引き上げ、従業員の福利厚生費の負担を半分以下に減らした。そして全従業員を株主とし、将来さらに多くの株式を取得できるようにした。

シュルマンは「企業の成功は共有されるべきだ」と言う。なぜか? 経済的に安定していると思う従業員は、その安定を与えてくれる会社の仕事に対して、より忠誠心を持つようになるからだ。「私たちは、従業員が顧客と接するすべての場面で正しい行動をとることを望んでいる」(シュルマン)。

これらの措置はすべて、ペイパルがジャスト・キャピタルやファイナンシャル・ヘルス・ネットワーク、グッド・ジョブズ・インスティテュートと共にファイナンシャル・ウェルネス・イニシアチブに参加するための基礎となった(筆者が役員を務めるジャスト・キャピタルは、米国で「最も公正な企業」のランキングに入ることでよく知られている)。ファイナンシャル・ウェルネスの取り組みは、バンク・オブ・アメリカやアメリカン・エキスプレス、シティ、マスミューチュアル、プルデンシャル・ファイナンシャル、ビザ、ウェルズ・ファーゴなど、すでに170の会員企業で多くの労働者に影響を与えている。

シュルマンが行っているのは、ステークホルダー資本主義が、勤勉な米国人の1週間の家計に数字で現れるようにすることだ。

現在、ペイパルや何十社もの企業では、ステークホルダー・ビジネスモデルに対して多くの口先だけの支持をしている。数多くのCEOが自らをステークホルダー資本主義者だと公言しているが、実際に会社をそのように運営している証拠を見つけるのは難しい。この点について、外交問題評議会で行われた最近のインタビューでシュルマンは、行動を伴わずしてステークホルダー資本主義を支持するよりも、一切の価値観を持たない方が良いと言い切った。価値観は空虚なプロパガンダ、広報になりかねないとシュルマンは指摘した。偽善者は言葉に行動が伴わない。それにはときに正当な理由がある。それは不安にさせ、混乱させる。

シュルマンは、平等と包括を求めて立ち上がるために、儲かるかもしれなかった事業提携からペイパルが手を引いた例を紹介した。社の原則に沿うように、シュルマンは大胆な行動を取り、そのために殺害の脅しを受けた。
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翻訳=溝口慈子

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