これまでの10年で見えてきた課題について、新団体「KOUBA」代表で「燕三条 工場の祭典」実行委員長の斎藤和也にも話を聞いた。
「これまで運営は燕三条の人たちが主導するのではなく、メソッド(東京都渋谷区)の山田遊さんを中心としたクリエイティブチームが務めていたこともあり、どうしても事業者が祭典に『参加してあげる』という受け身な気持ちで、自分ごと化できていない企業も多かった」
「自分たちでこの町を変える」という意識を持つことが、団体を立ち上げた目的の一つだという。そのために工場の祭典などのイベント事業のほか、人材育成や経営をテーマにした事業者向けの教育事業、通年で行う観光事業、クリエイターとの商品開発などを支援するものづくり事業の4つの事業を軸に、事業者自身の成長にもつなげていく。
産地ブランドのその先
全体監修を務めた堅田は、燕三条を含め全国のものづくり産地をみてきたからこそ見えてきたことがあるという。それは産地ブランドの限界だ。「例えば、量産するものづくりを行う企業と、手仕事でものづくりを行う企業、どちらも地域を代表する産業としてあるとします。それらを産地ブランドとして一括りにしてしまうと、考え方や価値観の違う複数をまとめることになり、ある一定のラインを超えると一つのブランドとしては無理が生じてしまい、結果的にお客様とのコミュニケーションの齟齬を生む可能性がある。全国各地で地域・産地ブランドの直面している課題を間近でみてきたからこそわかった課題でした」と語る。
「これからは人を惹きつける努力を各企業がしていくことも必要になっていく。多種多様なものづくりを行う燕三条では、個々の企業が輝くポテンシャルがあります」(堅田)
このメッセージは今回のキービジュアルにも繋がっているという。黒色のさまざまな形の工場の上にやかんや包丁、金属のかたまりなどあらゆるものが不規則に配置されている。
全てを一つに括るのではなく、個々の魅力を引き立てたいという思いで、燕三条で作られたものを大きさも位置も不規則に並べました。業種、業態、製品も異なるさまざま工場が集積している燕三条ですが、まちとしての一体感がある。そんな特徴を表現しようと、ばらばらに配置しつつも、統一感がでるように意識しました」と思いを込める。
「ピンクストライプがなくなって少し寂しい」そんな声も事業者から聞こえてきた。だが今回の挑戦は、産地ブランドの課題を乗り越え、世界の燕三条地域へとさらなる進歩を遂げる、着実な一歩なのである。今回祭典に参加してみて、従業員がはつらつと工場内のツアーを行ったり、ツアー中にクイズをだして来場者を楽しませたりと、地場のものづくりに誇りをもって、燕三条を盛り上げたいという思いや活気がひしひしと伝わってきた。この活気を動力にこの街は、これからも進化していくだろう。