気候変動に次ぐ大波が経済界に押し寄せている。生物多様性だ。2022年12月の国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」の考え方を盛り込んだ「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択。30年までに世界の陸と海のそれぞれ30%以上を保全地域にする「30 by 30」などの行動目標が決まった。
これを受けて日本政府は23年3月に「生物多様性国家戦略」を11年ぶりに改定。同年4月には、G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合で、知識の共有や情報ネットワークの構築の場として、「G7ネイチャーポジティブ経済アライアンス」(G7ANPE)も設立された。
この9月には、動植物や森林、土壌、水など自然資本に関する事業リスクや機会の情報開示枠組みであるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の第一版も発表。「ネイチャーポジティブ元年」といえるほどに国際的な動きが活発化しており、経済界にとって新たな潮流になるとの見方が強い。
環境問題に詳しいMS&ADインシュアランスグループホールディングス サステナビリティ推進部 TNFD専任SVP、TNFDタスクフォースメンバーの原口真は、「この5年でネイチャーポジティブへの注目は加速度的に高まってきた」と説明する。
「世界的に自然資本の著しい損失が進んでいることは、科学界や国連の機関などが以前から警鐘を鳴らしてきました。ところが、経済界はその深刻さにあまり気がついていなかった。流れが変わったのが18年のCOP14です。これまで参加したことがなかった世界経済フォーラム(WEF)や経済界、金融界から重要人物が出席したことで、気候変動と同じくらい重要な問題だとようやく認識し、調査や活動が本格化していったのです」。
WEFが20年に発表した報告書「Nature Risk Rising」では、世界のGDPの半分以上に相当する44兆ドルが自然資本に依存しているという。一方で、生物多様性は危機に瀕しており、政府間組織「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)」の調査によれば、地球全体の陸地の75%が著しく改変され、海洋の66%は複数の人為的な要因の影響下にあり、湿地の85%が消失。今後数十年で100万種の生物が絶滅する可能性があるという。
「正直に言って、このテーマの本質を理解できている日本企業は多くありません」。環境問題について企業に助言するレスポンスアビリティ代表取締役の足立直樹は指摘する。「なるべく自然を大切にしましょうとか、影響を小さくしていきましょうという程度の話ではないのです」。