よって、上記のような憶測は的外れと言える。そもそも仮に「頑張って産みに行く」なら、日本ではなく確実に出生地主義国(例えば米国、カナダ、豪州、ニュージーランド等)であろう。(ちなみにそのような乳児は非公式に「アンカー・ベイビー」と揶揄されており、それ自体に問題が無いわけではない。)
入管庁の思惑とこれから
また、この度成立した新入管法第61条2の9の第4項に基づいて「送還停止効の解除」が様々な非正規滞在者に対して可能になる(なってしまう)ので、少なくとも入管庁としては「今後、長期非正規滞在者はそもそも増えない」という見込みなのであろう。そして万が一増えたとしても、彼らには今回の特例措置と同様のロジックでの在特は与えられない、というのが現時点での入管庁の立場である。非正規入国・超過滞在者を誘引してしまう恐れがあるため、行政府としては「今後も集団在特するかもしれません」とは当然言えない。別の見方をすれば、今回の法務大臣発表の背景には、来年6月の入管法施行の前に、仮放免者のうちの一定数をいったん「リセットしたい」という入管庁の行政実施当局としての希望が垣間見られる。と同時にそれは「来年6月以降は必要ならきっちり送還しますよ」という入管庁の意気込みの表明でもあり、この点は左派・右派で大きく賛否が分かれるところであろう。
ちなみに、国際的に在特措置が大規模かつ頻繁に実施されているかのような印象を与える一部報道もあるが、西欧諸国において数十万人規模の「集団アムネスティ」が実施されていたのは2000年代初頭の話である。近年は各国レベルでもまたEUレベルでも退去強制措置を含む「帰還の促進」が(良し悪しは別として)実際の潮流、少なくとも政治的なスローガンではある。
最後に、冒頭で触れた「在特ガイドライン」は今後見直される予定だが、今回の特例措置が新ガイドラインにどの程度反映されるかは未知数である。実は先の通常国会の衆議院法務委員会で4月中・下旬に検討されていた入管法の修正案では、新入管法50条(在特判断)の考慮要件に「子どもの利益」という文言を入れることで与野党合意がとれていたが、修正協議が流れたので「子どもの利益への配慮」を法文化する案も一緒に立ち消えとなった。よって、在特判断においては、今後も入管庁に大きな裁量権がある状態が存続する。
以上をまとめると、「日本での生活を希望する全ての非正規滞在者に在留特別許可を与えよ」という主張も、また「日本で不法滞在となっている者はどんな場合でも全員退去強制せよ」という主張も、双方ともに非現実的・非合理的と言える。今回の特例措置は「一定程度人道的な法治国家」としてバランスの取れたギリギリの措置ではないか、と筆者は考えている。