筆者の体感としては、まずそんなことはない。
今回から2回に分けて、中堅・中小企業におけるM&Aの失敗事例を取り上げていく。このテーマを題材にしたいと思った背景は、本来学ぶべきことが多くある失敗事例が、調べてもなかなか表に出てこない実情にある。
それは、M&Aの情報発信の当事者といえるM&A仲介会社が、自ら失敗したと言えないことがもっとも大きな理由だと考えられる。加えて、会社を売却されたオーナー、買収した企業の双方とも、うまくいかなかった事実を公表しにくい事情も関わっているだろう。
この回では、売却オーナー(売却企業)の事例を取り上げたい。その失敗例に共通するのは、買収側の企業がM&A前に話していた内容と、M&A後に実施する施策が大きく違っていることだと思量される。できる限り対応方法やその後を記載していくことで、今後M&Aを検討される読者の方々にとって生きた情報になると考えている。なお、以下の事例は特定を避けるため、一部抽象化、編集した上で紹介する。
売却側オーナーの連帯保証が外れない
これは、つい最近、実際に筆者が見た「最悪」の一例である。M&Aでもっとも重要な条件の一つである「金融機関借入に対する連帯保証を外すこと」が約束されていたにも関わらず、それを反故にされ、破産の危機に瀕してしまったケースである。
西日本で事業を営む中堅企業(以下、A社とする)は、今般の不況のあおりを受けて業績が悪化し、自社単体での経営が困難な状況に陥っていた。そこに大手M&A仲介会社から社長宛にメールが送られてきたことを機に、M&Aの提案を受ける運びになった。
大手M&A仲介会社の担当者からの主な提案は、
・A社とM&Aによる提携をしたい会社があるので紹介させてほしい
・M&A後はA社に仕事を発注できるので業績回復の一助になれる
・金融機関借入の連帯保証は紹介する企業(買収企業)がすべて引き受ける
であった。
A社の社長は、わらにもすがる思いで話を聞いた。具体的なM&Aの相手がいる上にシナジー(相乗効果)もあることが分かり、こうしたご縁はほかにないだろうと感じて話を進めていった。売却側、買収側の双方経営陣の面談(トップ面談)でも好条件が並び、会社が救われる思いでいっぱいだったという。
だが、プロセスに懸念がないわけではなかった。買収企業によるM&Aの意向表明が出されてから、約1カ月の間に成約に至りたいという要望を聞かされた。あまりのとんとん拍子に約束が本当に守られるのだろうかと不安に駆られた。筆者は、このタイミングでA社社長の知人から相談をもらい、セカンドオピニオンの立場から本件に携わることになった。