事業継承

2023.05.17

増加する事業承継 M&Aが日本経済に求められる理由

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国内企業が関連するM&Aの実施件数が、増加傾向にある。

背景の一つにあるのが後継者問題だ。中小企業をバックアップするという戦後の国の施策に伴い、日本の企業数は、中小企業が99%を占めている。過渡期を乗り越えてきた経営者たちが、自身の高齢化とともに経営リスクの岐路に立たされている。

東京商工リサーチのデータによると、2022年の社長の平均年齢は63.02歳だった。調査を始めた2009年以降、60代以上の社長の構成比が60%を超えたのは初めてだという。

若返りを図るのは喫緊の課題である。
 
後継候補で真っ先に挙がるのは、年齢層が30代から40代にあたる現経営者の御子息である。だが、物心つく頃から親が経営者として働く姿を見て育ったにもかかわらず、経営者になろうというマインドを持ちづらい傾向にある。

それは、彼らが「失われた30年」の中を生き、好景気をほぼ経験できなかったことが大きい。バブル崩壊以降、就職氷河期やリーマン・ショックなどに見舞われ、安定志向は根強くなった。大企業の社員や公務員の職に就きたいニーズが高まり、跡を継ぎたくないと思うのは自然な流れかもしれない。筆者と同年代になるこの世代の経営者が少ないのも頷ける。

現経営者側も、堅実な人生を望む子供に承継していいか、頭を悩ませている。筆者が接してきた経営者からは、「良い車に乗りたい」「美味しい食事を食べたい」という思いが、必死に働くためのモチベーションになっていたという過去の思い出話をしばしば耳にする。経営には野心や欲も時に動機づけとなった一方、飽食に慣れた子供からは、そうした心意気が感じられないと嘆く声も聞く。

では、後継候補として従業員を考えるのはどうか。それが難しいことは、経営者自身が身に染みて分かっているに違いない。仮に会社の売却価格が10億円と算定されたとしよう。その場合、従業員がその資金を準備できるだろうか。リスクを負ってまで大金を用意することは容易でない。

他の承継の方法として挙げられる「上場」は、現実味を帯びるまでの道のりが険しい。会社を清算するのはもってのほかとなると、M&Aが増えているという現状に合点が行く。

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マイナスイメージから「成功の証」へ

もう一つ、M&Aを増加させた要因として、世間が抱くイメージの変化がある。

かつてM&Aは「身売り」「乗っ取り」というレッテルを貼られ、拒否反応を示されていた。経営者が会社を売却すれば、「業績が良くなかったから」「助けてもらうためだ」と噂されることも多かった。この逆風に立ち向かったのが、M&A仲介業界の雄である日本M&Aセンター。地道な啓蒙活動を重ね、M&Aに対するマイナスイメージを払拭していった。

現在、M&Aで会社を売却することは、むしろ『成功の証』と言われている。人生を懸けて創り上げた会社が世の中に必要だと認められたからこそ、もろ手を挙げて欲しいと言ってくれる相手が現れるのである。買収“された”などと受け身になって悲観することはない。

また、長期にわたる低金利の環境も、M&Aを後押しした。銀行は融資の金利では収益を上げにくく、保険や投資信託の収入など本業以外の役務収益を稼ぐようになり、その筆頭としてM&Aにも取り組むようになった。つまり、M&Aが経営手段として隣にあるような状態になったのだ。
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文=安藤智之

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