筆者は同等のスピード感でM&Aを成約させた経験があるが、それはオーナーの不慮の事故が絡むケースや、事業継続が困難であるためにタイムリミットがあった場合に限られていた。その際でも、徹夜で資料を集め、両者の意向や状況を丁寧に伺い、安全なM&Aを目指した。
A社社長の件では資金繰りには7カ月以上の猶予があり、金融機関からの支援を想定すればプラスアルファで検討できる時間があった。M&A仲介のプロフェッショナルとして、異常な進め方であると言わざるを得ない。
筆者のアドバイスをもとに、A社は買収監査の要望や資料の提出を行ったが、その大手M&A仲介会社がシャットアウトする形で話が進められた。結果として、A社は押し切られるように売却を完了させた。
株式譲渡契約書では、売却後(=株式譲渡後)3カ月以内に金融機関借入の個人保証を外す内容になっていた。A社社長は、成約に関わった大手M&A仲介会社の担当者から「買収企業の責任で必ず外しますので大丈夫です」と言われていた。だが、2カ月経っても、買収企業が金融機関と交渉する気配はなかった。しびれを切らして買収企業の代表に確認するも、多忙を理由に取り合ってくれない。仲介会社に是正を働きかけるよう依頼しても、「M&Aが完了していますので、我々の関与はできません」の一点張りだという。
A社社長は「『騙されていたのでは』と気づいた」と振り返っていた。その後、期日の3カ月を過ぎても、保証解除がされなかった。
本件の結末の記載は避けるが、これは『話が違う』を起因とした最悪のケースの一例だ。A社を紹介してくれたのはA社社長の親族であり、本件のようなことが起こらないよう警鐘を鳴らしてほしいと強く依頼されている。