インタビューを終えて 時代や国境の壁を貫く「融合する」ものづくり
つくりたいほど好きか?──その言葉が高橋理子の創作哲学の根底にある。私はその日、東京の押上駅から徒歩5分の彼女のスタジオを訪れていた。スタジオに入って「あっ!」と声を上げた。そこには、ほかで見たことがない模様の着物がずらっと並んでいた。高橋理子はアーティスト兼デザイナーとして、独創的なアプローチで世界的ブランドとのコラボを実現し、武蔵野美術大学の教授としても、その独自の考えを学生たちに伝え続けている。彼女の作品には、シンプルな要素である円と線を用いて緻密なデザインが描かれている。東京藝術大学の博士課程に進み、究極の図形ともいえる円と線の可能性を追求してきた。なぜ、円と線か? その理由は、自然界において最もよく目にする図形だからだという。例えば、月や星。あるいは地球。実は「円」とは人類が初めて目にする、極限・本質の図形だという。
この「本質」を見抜く姿勢は、彼女の着物作品にも表れる。着物の語源は「着る物」であり、その「着る」という機能を追求してつくられている。だから、彼女のデザインは普遍的であり、国境を越えるのだろう。本質の追求は、時代や国境の壁を貫くからだ。
教育の場で、彼女は「自分でつくるほど好きか?」としばしば問いかけるという。例えば、ばく然と「ファッションが好き」という学生には、「無限のお金で好きな服が買えても、あなたはつくるか」と問う。技術的な知識はYouTubeで誰でも学べる時代には、情熱と独創性がデザイナーにますます求められる。高橋は「つくりたいほど好きか?」という独自の創作哲学をもち、その哲学が円と線の美しさを追求する作品に表れている。
取材の最後に私は聞いた。「高橋さんにとっての職業道とは何ですか?」と。彼女は「何なんでしょうね」と笑い、明言は避けた。ただ、私はインタビューでその答えのヒントを見つけていた。私なりに彼女の職業道を言語化すると「融合」である。情熱と本質。伝統と革新。その両者の矛盾から目をそらさずに、融合する。骨の折れる作業だが、それを20年以上ずっとやってきた。
彼女の作品はアートとデザインの融合が見事に実現されており、世界的な評価を受けている。「つくりたいほど好きか?」と繰り返し問うのも、ものづくりの情熱と本質の両方を内包しているからだろう。テクノロジーの進化が激しい時代だからこそ、人間にしかできないことは何か? その本質をこの取材で見た気がした。
高橋理子◎1977年、埼玉県生まれ。アーティスト、デザイナー。東京藝術大学で伝統染織を学ぶ。2006年、ヒロコレッジ(現・高橋理子)設立。08年東京藝術大学博士後期課程修了。博士(美術)。着物を表現媒体としたアートワークのほか、ブランドHIROCOLEDGEで日本各地の職人とものづくりを行う。九重部屋浴衣デザイン、adidasとの協働、東京五輪ゴルフ米国代表公式ユニフォームほか。19年ロンドンV&A博物館に作品が永久収蔵。21年武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科教授就任。
北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』ほか。近著は『これから市場価値が上がる人』。