マッチングアプリが普及したのに、なぜ「未婚化」が進んでいるのか?
山田:最後に、感情資本主義のひとつの表れとして、愛からの撤退と選択の問題について伺いたいと思います。日本では“若者の恋愛離れ”や未婚率の上昇が起こっており、政府は少子化がますます加速することへの危機感を募らせています。自由に相手を選べるはずが、むしろ誰とも深くコミットしなくなっている──このような現象を、私たちはどのようにとらえればよいのでしょうか?イルーズ:非常に重要な問いですね。そもそも近代においては、「選択」という考え方が社会の中心的な地位を占めていました。例えば民主主義社会は、投票によって自分たちの代表者を選択することが大事だと考えてきましたし、消費文化のなかで人々は数あるブランドのなかから好きなものを選べる自由を謳歌してきました。
しかしながら、『The End of Love』という本のなかでも書いたように、いまでは選択肢が豊富すぎるがゆえに、「選択」が放棄されるようになっています。テレビのチャンネルで考えてみましょう。3つ程度のチャンネルのなかからひとつを選ぶのは容易ですが、チャンネル数が120もあった場合、そのうちのひとつを選ぶのは非常に困難です。このように、多くの選択肢があるからといってよりよい選択ができるわけではありません。
同じようなことが、マッチングアプリにおいても起こっているように思えます。スタイルがよくて、容姿端麗で、有名大学に通っている魅力的な異性が無限に出てくる。そうすると、なぜさっきの人ではなくこの人を選ぶべきなのか、選択の基準や根拠がわからなくなり、結果、選択すること自体を放棄してしまうのです。
山田:SNSを介した出会いは、地理的制約や文化的枠組みを超えて生じるため、何がOKで何がよくないのかの共通理解も見出しにくいですよね。
イルーズ:複雑化する社会において、親密な関係をつくることはますます難しくなっています。合意されたルールがなく、ルールを1からつくりあげる必要があるからです。多くの人は、ルールを知らないことに不安を覚えます。だからこそ、「拒絶されるくらいなら、最初からかかわりをもたない」という人が増えているのではないでしょうか。結婚する人や子どもをもつ人が減ったのも、そうした理由からだと考えています。
山田:若者たちに聞いてみると、恋愛相手を選ぶことというよりも、恋愛するかどうかということ自体が個人の選択の範囲になっているようにも思います。今後、人と人とのつながりはどのようになっていくとお考えでしょうか。
イルーズ:絶え間ない流動性とイノベーションのもとに発達してきた資本主義は、共同体の絆から個人を切断する強力な力をもっており、人々が無所属で、家族さえオプションのひとつにするような社会のあり方を推し進めてきました。これは私が「ネガティブ・リレイション」という語で概念化したことでもありますが、現代社会で親密な関係を築くことにまつわる複雑さと困難さ、そして、選択と自由を重んじた結果として、関係性からの撤退と非選択というパラドクスが生じているのです。
山田:イエや身分、階級、性別役割分業にしばられず、自分の意志で交際相手や結婚相手を選ぶというのが前期近代の「自由」であったとすれば、後期近代の「自由」は愛さないこと、選ばないことを通して行使される──。本日は貴重なお話をありがとうございました。
日本の未婚率上昇◎この40年間で、男女ともに「未婚」と「離別」の割合が大幅に増加。2020年以降の婚姻件数は、2020年52.6万件、2021年51.4万件(速報値)と、戦後最も少なくなった。(内閣府男女共同参画局「令和4年版男女共同参画白書」より)