経営・戦略

2023.07.14 17:00

「感情資本主義」から読み解くウェルビーイング経営と未婚化の時代

「感情」と「経済」のかかわりを長年研究してきた世界的社会学者エヴァ・イルーズと気鋭の社会学者・山田陽子。「感情資本主義」という概念から読み解く、現代社会が直面する難題とは。


人文・社会科学の知は、時として時代の羅針盤にもなりうるはずだ。人文・社会科学領域の研究者支援をするアカデミックインキュベーター「デサイロ」がナビゲーターとなり、気鋭の研究者とともに時代と社会を考える。

仕事では「怒りのコントロール」が必要とされ、恋愛では「コスパ」が求められる……理性的・合理的な領域である「仕事」と、感情的・非合理的な領域である「プライベート」の区別がますます曖昧になる現代社会を読み解くうえで、大きな示唆を与えてくれる概念が「感情資本主義」だ。近代資本主義の発展を、「経済的行為のエモーショナリゼーション」と「感情生活の経済化・合理化」が同時に進行する動的プロセスとしてとらえるこの概念を提唱したのが、イスラエル=フランスの社会学者エヴァ・イルーズ(ヘブライ大学教授、EHESS教授)。2022年11月に邦訳が刊行された共著の『ハッピークラシー:「幸せ」願望に支配される日常』も、「ウェルビーイング」が声高に叫ばれる現状に一石を投じるものだった。

本特集では、「感情資本主義」という概念を深掘りすべく、イルーズへのインタビューを実施。インタビュアーを務めたのは、イルーズの「感情資本主義」論にインスパイアされて働く人のメンタルヘルスからハラスメント、自殺問題まで幅広く研究し(『ハッピークラシー』では「解説」を執筆)、デサイロでは「ポスト・ヒューマン時代の感情資本」をテーマに研究を進めている社会学者・山田陽子(大阪大学准教授)だ。「感情資本主義」というレンズを通すことで、現代社会のいかなる側面が浮かび上がってくるのだろうか。

個人の感情すらも、ビジネスに利用されるように

山田:あなたは、著書『Cold Int imacies: The Making of Emotional Capitalism』のなかで、「感情資本主義」を「感情生活の合理化」と「経済的行為のエモーショナリゼーション」とが同時に進行するプロセスとして描き出しています。現代社会をとらえるうえで、非常に重要な示唆を与えてくれる概念だと思いますが、まずはこれについて、あらためて教えていただけますか?

イルーズ:感情資本主義のいくつかの側面について説明しましょう。そもそも20世紀には精神分析や臨床心理学などの「心の科学」が広まり、サイコロジストと対話すれば自分の内面を知ることができ、人生で何らかの困難が生じた場合も感情や精神の状態を改善すれば対応できるという考えが普及しました。それまでも精神的な苦しさや生きづらさは誰にでもあるものでしたが、「個」という観念が希薄であった前近代社会では個人の内面に格別の注意を払うことはありませんでしたし、困難は宗教的な枠組みで解釈されてきました。

「心の科学」は20世紀の文化や政治に深く関わっています。メンタルヘルス、すなわち心理的に安定していることは「健全な国民」の条件であり、そうではない人は病院に収容されるというかたちで社会から隔離されることさえありました。また、恥や罪の意識をもつことなく自分で目標を決めて実現できる──このような文化がアメリカ、少し遅れて西欧で大きな力をもつようになりました。

山田:自分の内面を見つめ、精神のバランスを取りつつ、自分自身で人生を選択して切り開いていくことが重要視されるようになったのですね。
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text by Mariko Fujita | illustration by Jia-yi Liu、Oriana Fenwick | edit by De-Silo & Forbes JAPAN

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