非日常で贅沢な冒険こそが「究極のラグジュアリー」なのか?

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6月18日に消息を絶った潜水艇「タイタン」の事故には衝撃を受けました。

水深3810mに眠るタイタニック号の残骸の場所まで潜水艇で向かう「観光ツアー」の座席は、一人当たり25万ドル(3500万円)だったと報じられました。このような超高額ツアーの背後には、富裕層の間でニッチな人気を博していた危険すれすれの「エクストリーム・ツーリズム」の流行があったという指摘もなされています。
Wiredの記事には、行動科学の専門家グレース・ローダンのことばが紹介されています。

「贅沢品は以前と比べて大衆にも手が届くようになっています。それに、誰もが晩餐会で披露する小話の質を高めたいものですよね。こうしてリスクに対する許容度が往々にして高い実業家たちが、ほかに同じことをした人がほとんどいない体験をしたがることが増えているのです」


つまり、ラグジュアリーの大衆化にうんざりした富裕層の一部が、そこから距離を置き、金では買えない命まで危険にさらすようなエクストリーム・ツーリズムの冒険に魅力を見出すようになった結果、起きてしまった事故とも解釈できます。高度資本主義が貪欲に追い求める特権的な”ラグジュアリー”(これを旧型と呼んでいるわけですが)の行方の一端を見せられたようで、空恐ろしくなりました。
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ツアーを提供したオーシャン・ゲイトの契約書(権利放棄条項)には、「死亡」という言葉が三回出てくるとのことで、つまり高いお金を払って命を懸けた冒険に出た富裕層たちは、命が決して安全ではない点そのことじたいにも魅力ないしスリルを感じた可能性があったことが伺われます。

この契約書のことを知って連想したのが、紳士学の世界では有名な、ある新聞広告です。南極大陸横断を志したアーネスト・シャクルトン(1874~1922)が南極探検の同志を募るために出した広告です。

「求む男子。至難の旅。わずかな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には名誉と賞賛を得る。アーネスト・シャクルトン」

この広告に対し、5000人以上の応募がありました。生還の保証がなくても名誉と賞賛を得るという至難の旅。20世紀初頭におけるエクストリーム・ツーリズムだったのではないかと見立てたくなります。

1914年にエンデュアランス号に乗って27名の隊員とともに南極大陸横断に出かけたシャクルトンは、大陸を目前にして氷塊に阻まれ、10カ月ほど氷塊に囲まれたまま漂流を続けます。やがて船が崩壊し始めたため、船を放棄し、徒歩とボートで氷洋上を踏破し、エレファント島に上陸します。さらにそこから救命ボートで航海したり、登山器具なしで山脈を超えたりという艱難辛苦の1年8カ月の冒険を経て、隊員全員の奇跡的生還を成功させるのです。
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文=中野香織(前半)、安西洋之(後半)

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