非日常で贅沢な冒険こそが「究極のラグジュアリー」なのか?

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また、実は農業も同じであると宮川さんは語っていました。雨量や気温に大いに左右される葡萄園のマネージメントは、まったく次の予想がつきません。運を天に任せるしかない。既にその頃から、事業での成功者は自分のワイナリーを持つ文化がありましたが、それは気取ってワイングラスをくるくると回すためでなく、冒険心を刺激するのだとぼくは気づかされました。

2003年の暮れ、トリノの教会でマリーザさんの葬儀が行われました。クリスマスの翌日の突然死でした。その時の神父の言葉が、冒険の意味をよく語ってくれています。

「マリーザは日々、細々したことを丁寧にこなしなしていた。とても挑戦的でもあったのは、彼女はそれらが将来、どういうカタチで統合されるかをいつも思い描いていたからだ」

脱日常を試みる挑戦や冒険とのアプローチを否定するつもりは毛頭ありません。経済的な豊かな生活に満たされない部分を非日常世界で補う欲求が芽生えるのは、当然のなりゆきでしょう。しかし、その部分だけに焦点をあてて深堀していっても、何か対処療法的な次元でとどまるような気がします。

深海だ、極地だ、ヒマラヤだ……と足を踏み入れても、「日常生活に手をつけていないじゃない」とぼくの目には映るのですね。自分の家庭のなかにどんどんと違った文化の人を受け入れていく現実と比べると、楽をしている感じが否めないのです。

最後に宮川さんがイタリアで生活をはじめた動機を書いておきましょう。早稲田大学の学生時代、かっこいいスポーツカーが欲しかった。バイクによる世界一周の旅行記を書けば、お金を得られるだろうと企んだのです。そして、1960年、西回りでローマにたどり着きました。

その後、トリノのモーターショーの会場でコンパニオンをつとめていたマリーザさんに一目惚れ。しかし、結婚するにあたり、ランチャの重役の娘だったマリーザさんは、経済的な成功に満足しない人生の方針を宮川さんに求めたのです。こうして宮川さんの世界一周の旅は途中で終了になったのですが、日々の冒険が長年に渡り続いたのでした。

今も、トスカーナのワイナリーのガレージには彼が愛するクラシックカーを保管し、豊かな田舎生活を送っていると息子たちから聞いています。

文=中野香織(前半)、安西洋之(後半)

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