実は、僕はこの作品を、実質的なデビュー作「エアー2.0」の次に書きはじめた。いまからおよそ7年前のことである。そして、本作を通じて、自分にとって小説というのはこういう風にして書くものなのだなという、貴重な核心を得た作品でもある。
サム・シェパードの書き方
演劇の台本や映画のシナリオもまた、言葉で物語を綴る「文芸」だ。映画業界でサラリーマンをしていた頃、僕は独学でシナリオを学んだことがあった。シナリオライターとしての登竜門という触れ込みの賞に応募して、賞を得たこともある。
ただ、シナリオライターという職業にはあまり魅力を感じられず、会社を辞めて、小さな映画を撮り、それから小説を書きはじめた。小説とシナリオのちがいを生々しく感じることになったのが「サイケデリック・マウンテン」の執筆中だった。
このとき僕は、よく言われる「登場人物たちが勝手に動き出す」という感触を得たのである。
映画のシナリオ執筆には、「箱書き」という作業を経ることが多い。これは通常、名刺大、もしくはもうすこし大きめのカードに、シーン名とそこで起こる主なアクションや台詞を書きつけ、そのカードを並べながら全体を俯瞰し、構成を決めていくという方法である。
このやりかたを好んだ名脚本家としてよく名前が挙がるのが、新藤兼人氏である。本人は床に寝転び、お弟子さんが天井に貼りつけたカードを眺めながら、「それはもうひとつ後ろに移してくれ」などと指示をしていたという話を、シナリオにおいての僕の師匠である荒井晴彦氏から聞いたことがある。
脚本家などのストーリーメーカーのタイプは、この「箱書き」をガッチリ組むか、それともラフにやるか(あるいはまったくやらない)に分けることができる。
エンターテイメント系のストーリーを手がけるシナリオライターには「がっちり組」が多いが、アート映画の分野ではミケランジェロ・アントニオーニ監督の「砂丘」やヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」の脚本にも参加したサム・シェパードのような例外もいる。