「死ぬときに後悔しないためのノート」
加藤さんの行動の基本は「今を大切にすること」。シンポでは、こう表現した。「やれることはやれる『今』やり、行きたい所には行ける『今』行き、会いたい人には会える『今』会いに行く」と。
死ぬことは怖くはないが、やりたいことをできずに死んでいくのは嫌だからと、2016年の肝臓転移の際に「最期を迎えるまでのノート」を作り、更新している。これまで215項目に及ぶ「やりたいこと」の中には、達成して赤線を引いたものも多いし、興味がなくなったり、実現が難しくなったりして、青線で削除したものもある。
大好きな屋久島(鹿児島県)を訪れた回数は22回を数え、昨年春は「プチ移住」と称して3カ月滞在した。約100kmの周回路も自転車で一周した。さらに反対回りでの自転車一周と、徒歩での一周を目指している。
足の痛みが出る前は、マラソンや登山も趣味だった。今は、長く歩くことは難しいが、「涸沢ヒュッテに泊まる」、「マカオにパンダを見に行く」「東海道五十三次を歩く」などの目標も最近、書き加えた。
写真撮影の魅力にはまってからは、星空の撮影会に参加したり、好きな写真作家の個展に遠方まで出かけたりすることも。やりたいことリストでは「北海道にシマエナガを撮りに行く」「つぶて浦(愛知県南知多町)に星の写真を撮りに行く」などが未達成になっている。
アクティブに過ごすことはもちろん自分自身のためだし、両親より先に逝った場合に、両親が「悲しいけど、あの子はやりたいことをやっていった」と、後悔が軽くなればという思いもある。共にがんで闘病し、お空の上に行った親友から学んだことだ。
子どもや若者に寄り添う行動力
やりたいことの中には「だれかの役に立つこと」も含まれる。40歳未満のがん患者は、介護保険を使えず、最期を在宅で迎えたいと思っても費用負担が大変になることから、名古屋市に要望を重ね18年に「若年者ターミナルケア支援事業」を立ち上げてもらった。
介護保険と同等のサービスを受けられるようにする内容で、愛知県でも今年度から名古屋市と同様の事業が始まった。同市や同県のがん対策部会委員のほか、がん教育の委員も務めており、子どもたちに自身の体験とともに「ひとりぼっちじゃない。周りには助けてくれる人が絶対にいる」と伝えている。
ゲノム医療に基づく分子標的薬の開発が進み、チーム医療の質と量も高まって、恩恵を受ける患者さんは増えた。でも、ドラマの主人公は常に患者本人だ。
今も加藤さんは気持ちが苦しくなることもあるけれど、SNSで胸の内を語れば、励ましてくれる医療関係者や患者仲間、趣味の仲間がたくさんいる。人のつながりが広がるにつれて、やりたいこと、会いたい人のリストがさらに増えていく。
強いか弱いかじゃなくて、今を大切にして行動できること。患者の主体性って、こういうことなんだと、加藤さんを見ていて思う。