「未来の世代」について彼ほど深く考えている専門家はそういない。『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(松本紹圭訳、あすなろ書房)の著者で、英オックスフォード在住の文化思想家、ローマン・クルツナリックだ。
人類が、気候変動や人工知能(AI)の脅威という未曽有の危機に直面するなか、私たちは地球の未来のために何をすべきか。「若者や若い起業家が世界を変える」と信じるクルツナリックに話を聞いた。
──気候変動対策やステークホルダー資本主義が注目されるなか、「グッド・アンセスター」という概念、そして、「私たちは、いかにして『よき祖先』になれるか」という問いかけには大きな意味があると思います。詳しく説明してください。
「グッド・アンセスター」という概念は、1950年代にポリオワクチンを開発した米ウイルス学者、ジョナス・ソークの問いかけからヒントを得た。その問いとは、「私たちは『よき祖先』であるだろうか」というものだ。つまり、「私たちは未来の世代にどう評価されるか」という意味だ。
これは非常に重要な発想だ。過去と同様に、未来にも思いをはせる必要がある。執筆理由のひとつは、人々が異口同音に「長期思考」の必要性を叫ぶのを聞き、「長期思考とは何だ?」「それは実現可能か」といった疑問を感じたことにある。誰もが、「政治からビジネス、文化まで、すべてが『短期思考』にとらわれている」と言うのだが、その真の意味が見えてこないことにフラストレーションを感じた。
気候変動危機や生態学上の危機、新テクノロジーによる脅威、次のパンデミック(世界的大流行)、世代から世代へと引き継がれる富の格差──。こうした問題は、どれも「短期思考」対「長期思考」という問題と結びついており、「私たちは『よき祖先』か」という視点でとらえることができる。
そして、私は、この問いかけを「私たちは、いかにして『よき祖先』になれるか」という、能動的なものに変えた。人々が社会単位で、いかにして「よき祖先」になれるか──これがテーマだ。
1992年にリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議「地球サミット」以来、世界の二酸化炭素(CO2)排出量は、いったいどの程度減ったのか。私たちはいま、未来の世代にダメージを与えかねない、人類史上初の問題に直面している。
「未来の世代」に注目したのは、私がオーストラリア出身であることも影響している。英国はオーストラリアに植民した際、「テラ・ヌリウス(無主の地)」という言葉を使い、誰も住んでいないかのように振る舞った。アボリジニという先住民が住んでいたにもかかわらず、だ。私たちは未来を、誰もいない世界であるかのように考えがちだが、未来の世代には「権利」があり、私たちには「責任」がある。