堀尾は「現場と対話することを疎かにしない、相互理解を重視する姿勢こそが、組織づくりにおいて重要です。それは企業経営に通じるものです」と分析した。
「風か土か」ではなく「風と土と」
谷本氏は阿部氏の海士町での取り組みを「ポスト資本主義の壮大な実験」と評し、その方向性について尋ねた。阿部氏は、「都市と地方、行政と民間、大企業とベンチャーといった単純な二項対立の図式にはしたくなくて。すべての人の根本的に守りたいものを理解し、協力して目標に向かっていく。いわば矛盾するものの中に共通のベクトルを見出すように努めています」と回答。さらに社名の「風と土と」は、まさにそのビジョンを表したもので、よそ者や目に見えないもの、動くものを意味する「風」と、地元の人や形あるもの、そこにあるものを意味する「土」、一見矛盾するそれら2つのものが合わさって「風土」をつくっていく様子を表現していると説明した。
そして、阿部氏は島にある神社のプロジェクトを例に挙げた。
「ある大学の授業の一環として、島の神社の古くなったしめ縄を作り直すことを企画したのですが、実はその神社の建物内に女性は入ってはいけないというしきたりがありました。大学生の中には、女子学生もいます。
そこで島の人たちは何度も話し合い、盛んに意見を交わしましたが、決め手となったのは、何を守りたいかでした。神社ではしめ縄が神様と人間の世界との結界だとされていて、これからも大事なものであると。そのしめ縄を守るために島に来てくれる女の子達が神社の中に入っても、神様は怒らないだろうと。結果的に、神社のしきたりを変えることになりました。このように『何を守るために、何を変えるのか』という思考を大切にすると、島の変革をスムーズに進めることができます」(阿部氏)
堀尾は、物事を変えていく時に、変えたくない人の思いにも心を配り、相互理解に努めながら、よりよい変化を求めていく阿部氏の手法は、現代のパーパス経営にもつながると説明。今後の新しい資本主義において重要なものであると評価した。
ないものはない。関係資本で実現する永続的な信頼関係
海士町のキャッチコピーは「ないものはない」。阿部氏はそんなリソースが限られた島だからこそ、島民一人ひとりを「~もできる」「~な面もある」多様な存在として認め、個性を生かし切ることが必要で、その眼差しは企業経営にも共通するものだと述べた。続けて「成熟した資本主義とは、共感など目に見えない資本を重視できるもの」だという経営学者・田坂広志氏の言葉を出し、「私自身、海士町での取り組みを地方創生だとは捉えていません。次の成熟した資本主義に必要な知恵が、都心からは離れた、まだ共同体が残る島だからこそ見つかるという前提のもとで島に向き合っています」と前置き。その上で、「関係資本」で経営することを重視していると語った。