離島で繰り広げるポスト資本主義の壮大な実験|人的資本経営トーク#5

1000社以上へCHRO機能の強化支援実績を持つLUF会長の堀尾司が、Forbes JAPAN Web編集長・谷本有香氏とともに、注目のビジネスリーダーやCHROをゲストに迎えて贈る「人的資本経営の時代を考える」トークセッション。その第5回目が4月17日、Twitterスペース上にて行われた。


トヨタの技術者から一転。島から始める次世代の社会づくり

ゲストとして登場したのは、「風と土と」代表取締役の阿部裕志氏。トヨタ自動車の生産技術エンジニアとして活躍後、2008年に島根県の隠岐諸島にある海士町(あまちょう)に移住。海士町から次世代の社会モデルを広げていくため、「風と土と」(旧:巡の環)を立ち上げた。

同社では海士町での地域づくりのほか、島をフィールドに、企業や自治体向けの研修も実施。「SHIMA-NAGASHI」と題したリーダーシッププログラムの提供や、最近では出版社「海士の風」を立ち上げ、島から次の社会をつくるための知恵を発信している。

冒頭、谷本氏から地域づくり事業を手がけるようになったきっかけを問われた阿部氏は、次のように当時を振り返った。

「トヨタ勤務時代、仕事の競争のあり方にある種の限界を感じました。縦の権力構造による関係性ではなく、横の信頼関係を重視した関係性のほうが結果的に大きなイノベーションを起こせるのではないか。これからは『競争』ではなく『共創』の時代ではないか。そう考えるようになった頃、過疎化が進み、町の存続が危ぶまれていた海士町の未来を真剣に話し合う島の人々に出会いました。そして島の人々が持つ、課題先進地の島を課題解決先進地にして、次の社会モデルをつくるんだというビジョンや熱量に共感しました」(阿部氏)

島に移住して15年。現在の手応えを阿部氏は「15年前は、サステナビリティや人間力などといった、現在注目されている価値観はほとんど見かけませんでした。しかし、現在は社会の主流となってきている。今は、私たちが世の中へ具体的にどのようなメニューを提示していくのかという段階に入っています」と語る。そして2019年に始めた出版事業は、考案したメニューを数万人単位の人に向けて提示できる、有効な手段のひとつだと説明した。

移住から2年、島に提案はしないと決めていた

組織や文化づくりにおいて、「共創」の価値観を根付かせることは不可欠ではあるが、決して容易ではない。堀尾は、阿部氏が島に移住した最初の2年間、広報を目的に外部へ情報発信することをやめ、島の内側を知り、島内での関係性を築くことに注力したという話に着目した。阿部氏はそのやり方を、トヨタの生産技術エンジニア時代に会得したと話す。

「トヨタ時代、生産技術者として長い時間軸で、どうやって安全性高く、堅牢でコストを抑えた生産ラインを作っていくのかを考えるのが僕の仕事でした。現場の作業者であるライン工の方たちと共に汗を流し、対話を重ねながら、ライン工の方々よりも強い当事者意識を持って取り組む重要性を教わりました。そうして相手が何を大切にし、何に困っているかを知り、それに応えることで信頼関係を築いていくやり方は、島でも生きるはずだと思いました」(阿部氏)
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文=釘崎彩子

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