元ウクライナ在住日本人が語る「戦争が実際に起きたら人は何ができるのか」

糸沢さんが丘の上から撮影したルガンスク郊外のひまわり畑(2009年夏)

女子学生のウクライナへの思い

トークイベントの質疑応答のとき、「今回の写真展では人物が写るすべての写真を撮影禁止とした」理由について、来場者から質問があった。
ドンバス紛争のため、ルガンスクの小学校の終業式は1カ月前倒しにされた。生徒たちが手にしているのはウクライナ語で書かれた終了証だが、現在はロシア語になっている(2014年5月)

ドンバス紛争のため、ルガンスクの小学校の終業式は1カ月前倒しにされた。生徒たちが手にしているのはウクライナ語で書かれた終了証だが、現在はロシア語になっている(2014年5月)


これらのボカシを入れた写真は、2014年5月当時、ルガンスクの小学校で撮影されたものだ。実は、糸沢さん一家が現地を退避する直前に撮ったもので、彼の息子も写っている。その後、ロシアの支配によってこの学校では歴史や地理、言語に関する教育内容は変更され、軍事教育も復活しているという。

何より痛ましいのは、いまや兵役の年齢となった彼らが、現在どの国にいて、何をしているのかはわからないうえ、かつての同窓生が敵味方となって戦場に立っていることすら考えられることだ。

情報技術を駆使することで、当時から言われていた「ハイブリッド戦争」の領域は拡がり、深化している。人物写真の撮影を禁止にしたのは、SNSで拡散された画像が、顔認証ソフトによって個人が特定されることで、彼らに危害が及ばないようにするためだった。

実際、今回の展示写真の中に糸沢さんの教え子の作品もあった。日本で作品を展示してみないかという彼の問いかけに対し、「ぜひやってみたいが、ウクライナ支援という文言をメールで送らないでほしい」と返した元学生がいたという。彼女が住んでいるロシア軍占領地域では「ウクライナ支援」は「敵対行為」とみなされ、メッセージのやり取りでさえ身に危険が及ぶ可能性があるからだ。

実を言うと、来場者のなかには東アジア情勢の今後についての懸念を口にする人もかなりいた。今日の戦争は、ただ砲弾が飛び交うだけのものではない。20世紀型のデモや反戦集会といったものでは到底止められないことを多くの人が感じているからだと思う。

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文=中村正人 写真=糸沢たかし

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