筆者はこの写真展の事務局を引き受けることになったので、ほぼ毎日会場にいたのだが、さまざまな人が来場され、話をする機会があった。これが思いがけない収穫だった。
来場された人たちは、現在ワルシャワに在住する糸沢さんの活動を支援している知人や友人を除くと、大きく3つのタイプに分けることができた。今回はその会場を訪れたさまざまな人たちについて紹介したい。
写真展に訪れたさまざまな人たち
今回の写真展は、写真家の中藤毅彦さんが運営する四谷三丁目の「ギャラリー・ニエプス」を無償で使わせていただいたのだが、周辺には写真ギャラリーも多く、まず、これらを目当てにやってくる写真好きの若い人や外国の人たちが訪れてくれた。次に、筆者が主宰する「ガチ中華」関係のSNSでの呼びかけに応えてやってくる人も多かった。これらの人たちには、海外在住経験者も多く、本来は無関係なウクライナの写真展であるにもかかわらず、関心を持ってくれたのだと思う。
そして、昨秋以来、糸沢さんを取材していた朝日新聞社会部の畑宗太郎記者が書いた「美しかったひまわり畑は荒れ地に ウクライナに暮らした写真家の思い」(朝日新聞2023年3月4日夕刊)という記事を読んでやってきた中高年の人たちも多かった。
同記事には、糸沢さんが撮影したルガンスク市郊外のひまわり畑の写真がカラーで使われていたが、事務局にかかってきた問い合わせの電話では、ソフィア・ローレン主演のイタリア映画「ひまわり」(ヴィットリオ・デ・シーカ監督、1970年)を思い出したと語る人たちが何人もいた。
「ひまわり」は第2次世界大戦によって運命を翻弄された夫婦の悲劇の物語で、東西冷戦下、欧米では初の試みともなったソ連ロケを行った作品だ。若い頃に観た映画のロケ地が現在戦場となっていると知り、糸沢さんのトークイベントに参加してくれた85歳の女性もいた。
理科の先生が朝日新聞の記事を教材にして平和の象徴であるひまわりとそこから採れる食用油についての課題を出したため、実際に写真展を訪れて話を聞きに来た小学校6年生の女の子とその母親もいた。
また、ウクライナのひまわり油を輸入していていたが、爆撃で工場が破壊されたため取引ができなくなったという商社の人もいた。そして、あるイギリス人男性は、以前イギリスでウクライナ人たちとサマーキャンプに参加した話を聞かせてくれた。
昨年、日本でも公開されたウクライナ映画「ドンパス」(セルゲイ・ロズニツァ監督、2018年)を観て、その不可解な内容にずっと頭を悩ませていたという男性もいた。この作品は9年前に起きたドンパス紛争を背景に、ロシア語系住民の多いウクライナ東部の政治や社会、住民たちの極限下の状況を、強烈な風刺を込めて描いたフィクションだった。
このようにさまざまな人たちが訪れた今回の写真展だったが、やはり来場者の想像力が試される内容だったと筆者は思う。なぜなら主に展示されていた作品が、糸沢さんのルガンスク在住時代、自宅から車で5分ほどの場所にあった広大なひまわり畑の季節ごとの移り変わりや、現地に暮らす人々の一見何の変哲のない記念写真だったからである。
それらの写真はドンパス紛争が始まる2014年以前に撮られたものが大半だった。「もともとこれらの写真は、今回のようなウクライナ支援チャリティというかたちで公開されることは想定されていなかったもので、自分としては不本意なこと」と糸沢さんも語るように、それらの写真が撮影された時点では、今日の事態など誰も想像していなかったのだ。