なぜ日本でラグジュアリーが育たないのか、という問いの限界

高級ブランド店や宝飾店が立ち並ぶパリのヴァンドーム広場(Getty Images)

中野:その負の部分は、私がラグジュアリーの共通項として定義した「豊饒、光、色欲(ラスト)」におけるラストの部分に近いところもあります。表向き、日本人が不得意としている領域とされますが、たとえば浮世絵などは十分、ラスト的です。

例えば、神楽坂の「トランクハウス」は、いまどきの一軒貸しのリノベ旅館ですが、バスルームにエロティックな浮世絵が描かれていました。カラオケができるスナック風の防音個室も備えていて、周囲は元・花街。世界の旅慣れた方々にはそんなラストをにおわせるカルチャーが受けるようです。

トランクルームの玄関とカラオケルーム

トランクハウスの玄関とカラオケルーム


また先日、琉球織物を取材したのですが、国から伝統工芸として指定される織物のひとつ、宮古上布などはレアな高級品として100万円超で取引されています。ただ多くの問題があることもわかりました。

宮古上布には手つむぎの糸が必要なのですが、それを紡ぐ人が高齢化しており、若い人が入り込みたいと思っても賃金がコンビニバイト以下なので生活できないのです。川上はコンビニバイト以下、最終製品が100万円超。この記事を日経新聞に書いたとき、佐賀錦を織る方から全く同じ問題が起きているとメールをいただきました。

国は布を織る技術や職人に対してだけでなく、不透明な中間プロセスの改善にも支援をしてほしいところなのですが、この点に関し、対策は講じられているのでしょうか?

首里染織館suikara-に展示される宮古上布

首里染織館suikara-に展示される宮古上布


山田:この点に関しては、ラグジュアリーにおける価格という問題と、日本の伝統技術にまつわる問題、二つに分けて考える必要があります。

まず、ラグジュアリーにおける価格の問題です。ブランドがもたらす利益を公正に配分できているのかというと「よくわかりません」としか言えないのです。コスト構造はどのラグジュアリーにおいても最大の企業秘密、最もコンフィデンシャルな部分です。一般論ですが、ヨーロッパの高級ブランドでは、原価率、利益率は、社内でも機密事項になっているようです。

ブランドの価格設定は原価からボトムアップで計算するものではなく利益率から逆算しますが、では利益率の算出根拠は何か? と聞かれたら誰も答えられません。フランスは国策としてラグジュアリービジネスをやっていますが、必ずしも政府が旗振りをしているわけでもありません。プレミアムの部分を「これはフランスの文化であり伝統だから」として価格をつける、そこがまさに国ぐるみなのです。
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文=中野香織(前半)、安西洋之(後半)

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