健康

2023.02.25

ALS患者嘱託殺人、彼女が生きるのに必要だったこと#人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」(Shutterstock)

2020年9月、私は人工呼吸のセラピスト・押富俊恵さんに「緩和ケア学び隊」という市民講座の講師を務めてもらった。
 
前年に、名古屋大学で行われた日本エンドオブライフケア学会の学術集会で押富さんの特別講演を聴き、障害者の自己決定が軽視されがちな医療・介護の現状にズバズバと切り込んだトークに、深い感銘を受けた。私が企画を担当している市民講座で、がん患者さんや支援者たちに、この話をぜひ聴かせたいと思ったのだ。
 
この講座を企画していたところ、社会に波紋を広げた事件が起きた。
 
前回:当事者発・しなやかに広げる「合理的配慮」

講演の2カ月前、事件は起きた 

残暑の厳しい日。押富さんは尾張旭市の自宅から名鉄瀬戸線と名古屋市営地下鉄を乗り継いで、中村公園駅(名古屋市中村区)へ一人でやってきた。
 
会場は、「青木記念ホール」。日本尊厳死協会の支部長を務めた故・青木仁子弁護士が自宅内に地域の交流の場として設けたスペースだ。2016年4月に亡くなった後も、さまざまな活動に使われてきた。連続講座も、難病で療養中だった青木さんが「緩和ケアの深さ、大切さを多くの市民に知ってもらいたい」と企画し、私が引き継いだ。
 
公共施設ではないから、玄関前の数段の石段にはスロープがない。この段差が軽視できない障壁だった。押富さんと2台の酸素ボンベを載せた電動車いすは軽く100キロを超える。スタッフ3人で気合を入れて持ち上げたら、指に食い込む重みに全員が悲鳴を上げた。
 
講演のテーマは、学会の時と同じく「障害者の意思決定支援」だが、私は一つだけリクエストをした。
 
2カ月前、京都市のALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性患者・林優里さん(享年51)に対する嘱託殺人の容疑で医師2人が逮捕された。ネットで知り合い、報酬を受け取って薬物を注射し死なせた犯罪行為だが、同じ神経難病の患者である押富さんはどう見たかを聴きたかったのだ。
 
その話は、マスコミ報道とは異なる深みを感じさせた。
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文=安藤明夫

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